【Ⅴ】楽しい夕食……そのはずなのに

 そんな訳で、本日の夕食である。



「ふわああああ……」



 ユウは目の前に並べられた料理の数々に感動していた。


 黒いパンにゴロゴロと大きめに切られた人参やじゃがいもが浮かぶスープ、そして主料理として玉子の山が大皿に載せられていた。

 どうやら玉子の山は切り分けて食べるようで、皿のすぐ側には小刀ナイフが置いてある。切り分けた際に使う綺麗な皿も、ユウの目の前にしっかり置かれていた。


 決して豪華とは言えない料理だろうが、誰も訪れない名前のない島で海魔の肉を調味料なしで食べていたユウからすれば、どんなものでも豪華な食事だ。



「貧しい村ですので、用意できる料理には限りがありますが……」

「いやいや、こんなに美味しそうな匂いがする料理は初めてだ」



 エレナの母親は恥ずかしそうに言うが、ゼノが首を横に振って否定する。


 ユウもゼノの意見に賛成だ。

 料理から漂ってくる美味しそうな匂いは、今まで嗅いだことのないものだ。空気を吸い込むだけでお腹が空くという経験も初めてである。


 お行儀よく食事の開始を待つユウの横で、エレナがこう言う。



「お母さんの料理はとっても美味しいのよ。特にね、この玉子と山羊ヤギのチーズの包み焼きは世界で一番美味しいんだから!!」

「ほんと!? 楽しみだなあ!!」



 母親の料理を自慢するエレナに、母親本人が「こら、エレナ。恥ずかしいからやめなさい」と窘める。本人からすれば、大したことではないのだろう。


 すると、木製の扉を叩く音が部屋に響く。

 その音を聞くと、エレナが瞳を輝かせて母親を見た。



「お母さん、お父さんが帰ってきたのかな?」

「ええ、そうかもしれないわ。エレナ、出てくれるかしら?」



 母親の言葉を信じて、エレナは「うん!!」と頷いて椅子から立ち上がる。


 少女にとって、父親の帰宅はとても嬉しいのだろう。扉に近づく小さな背中から嬉しそうな雰囲気が見て取れる。


 ユウは「エレナのお父さんってどんな人なんだろうね?」とゼノに振り返るが、ゼノは何も言わなかった。

 彼女は恐ろしい形相で、扉を睨みつけている。扉の向こうにいる人物に対して警戒心を抱いているのか、それ以外か。


 トントンと今もなお叩く音が聞こえてくる扉を開けて、エレナは努めて明るい声で父親を出迎えた。



「お父さん、お帰りなさい!!」



 扉を開いたエレナは笑顔で父親を出迎えた、そのはずだった。


 扉の先に立っていたのは、



「ギ、キャキャキャッ」



 耳障りな笑い声を上げる、耳が長くてずんぐりとした小人だった。

 身長はエレナの腰ぐらいまでしかなく、肌は汚れた緑色をしている。突き出た腹に反して手足は痩せ細り、獣の皮で作られた腰布しか身につけていない。


 小人は黄ばんだ眼球で固まるエレナを見上げると、左右に口を引き裂いて笑った。



「キャキャッ、キャーッ!!」



 小人は鋭い爪が生えた腕を振り上げて、エレナに襲い掛かろうとした。


 鋭い爪がエレナの腹を抉るその寸前、彼女の背後から小刀が飛んできて小人の眉間に突き刺さった。


 小刀が刺さった衝撃で小人は仰向けで倒れ、眉間から静かに赤い液体を流す。やがて小人はドロリと溶けて黒い粒子に変換し、その場に獣の皮と眉間に突き刺さっていた小刀だけを残して消えた。


 エレナはその場にヘナヘナと座り込む。

 目の前で得体の知れない怪物と対峙し、あわや殺されてしまいそうになったのだから、無理はないだろう。



「エレナ!!」



 我が子が危険な目に遭い、母親は慌てた様子でエレナに駆け寄った。


 床に座り込んだエレナは母親に寄りかかり、震える両腕で母親を抱きしめる。

 あっという間の出来事だったので少しだけぼんやりしているようだったが、自分がどういう状況だったのか理解すると、その瞳から大粒の涙を流し始めた。



「うわああああ、おか、お母さん、おかあああさあああん!!」

「エレナ、大丈夫かしら? 怪我はない?」

「うん、うん、怖かった、怖かったあああああ!!」



 恐怖のあまり泣き叫ぶ少女を強く抱きしめて、母親は我が子が無事であることを再確認する。


 その光景を眺めていたユウは、先程の小人を屠った美しきダークエルフを見上げた。



「ゼノ、あれ何?」

「海魔よりも弱い怪物だな。名前は分からねえが」



 扉の向こうに広がる夜の世界を眺めながら、ゼノは言う。それから彼女は、ユウの頭をやや乱暴に撫でた。



「ユウ坊、悪いが夕飯は後回しにしていいか? まだ外にも気配を感じる」

「ええー……ぼく、もうお腹空いたよぉ……」



 ユウは唇を尖らせて不満を露わにする。お腹が空いているので、後回しにされるのは困るのだ。



「そんなこと言うなよ、ユウ坊」

「むー……」

「オマエは優秀だから、すぐに終わるだろ?」



 おだててくるゼノだが、いつもとは違って目の前で美味しそうなご飯をお預けされているのだ。ユウは簡単に頷かない。


 唇を尖らせてじっと睨みつけてくる銀髪の魔法使いに、ゼノは「じゃあこうしよう」と提案してくる。



「玉子と山羊のチーズの包み焼きの調理法を聞いて、今度アタシが出来立てを作ってやる。それでいいか?」

「ほんと? それならいいよ!!」



 機嫌が直ったユウは、巨大な青い魔石が埋め込まれた長杖ロッドを手にして椅子から立ち上がる。


 ゼノも銀色の長弓ロングボウと矢筒を持つと、



「施錠をしっかりして、家にいてくれ。アタシらは外の状況を見てくる」

「え、ええ……気をつけて」



 泣きじゃくるエレナを慰めながら応じた母親に見送られ、ユウとゼノは夜の村に飛び出していった。

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