【Ⅲ】少女エレナとの邂逅

 ご飯を台無しにされて不貞腐ふてくされた様子のユウは、ゼノの後ろに隠れて少女を睨みつける。


 一方の少女は、ユウの食事を無駄にしてしまったことに対して罪悪感を抱いているようだった。不機嫌なユウの顔をおそるおそる覗き込んで、申し訳なさそうに「ご、ごめんなさい」と謝ってくる。


 そんな子供二人に囲まれたゼノは、自分の白金色の髪をぐしゃぐしゃと掻いた。



「あー、お嬢ちゃん。この木の実には毒が含まれてる、そうだな?」

「え、ええ。あの、だから、食べちゃダメってお父さんとお母さんにも言われたのだけれど」



 後半にいくに連れて、少女の声は徐々に萎んできた。


 彼女は、本当に善意からユウを助けようとしただけだった。だが、残念ながらこの中身が五歳児の少年には、相手の心意など知る由もない。むー、といまだに膨れっ面である。


 となると、問題なのはゼノだ。


 ゼノは毒があると言われているこの木の実を食べてしまった。一口齧っただけなのだが、まだ毒による被害は体に出ていない。遅効性か、もしくはゼノに毒は効かないのか。



「まあ、物は試しだな。ユウ坊、新しい木の実やるから機嫌を直せって」

「ん……ゼノが言うなら」

「ああ、ちょっと!!」



 少女が止める間もなく、ゼノは新しく木の実をもぎ取るとユウに手渡した。「今度は落とすなよ」としっかり念を押す。


 ユウはゼノから受け取った木の実を大切そうに抱えると、再び少女に突撃されないようにゼノの背後に隠れて木の実を齧った。

 少女が「毒があるのに!!」と訴えてきても、三日ぶりの食料を前に毒もクソもない。


 しゃり、という小さな音。

 甘い味が舌いっぱいに広がっていき、ユウは青い瞳をキラキラと輝かせる。齧った箇所から溢れ出てくる芳醇な香りのする果汁は、今までに味わったことのない酸味と甘味があった。



「美味しい!!」

「よかったな」

「うん!!」



 先程までの膨れっ面はどこへやら、ユウは満面の笑みでしゃりしゃりと果実を消化していく。とても甘くて美味しい。


 ゼノも平然と食事を再開させ、一つ目の果実をペロリと平らげた。

 彼女は長い手を伸ばして上の方にある木の実を三個ほどもぎ取ると、ユウにそのうちの一つを分け与えた。両手に抱えて栗鼠のように果実を齧っていたユウは、さらに増えた食事に「わーい」と喜ぶ。


 完全に置いてけぼりにされた少女は、毒物を美味そうにムシャムシャと食べる彼ら二人を呆然と眺めていた。自分の認識が今まで間違っていたのではないか、とばかりに二人は順調に果実を消費していく。



「こりゃ美味ェ。煮詰めたらもっと美味くなりそうだな」

「甘いスープ?」

「料理本にはジャムってあったな。あれには砂糖って調味料を入れるらしいが、あんなもん必要ねェぐらいに甘いな」

「さとーって何? 甘いの?」

「甘い調味料らしいぞ。そのまま食べたら虫歯になりそうだな」

「ぼく食べてみたい!! ちゃんと歯を磨くから、食べてもいいよね?」



 キャッキャとはしゃぐ二人に、少女は呆れたように言う。



「砂糖は直接食べるものではないわ。お料理に混ぜて使うのよ」

「へェ、そうなのか。なにせまともな調味料がない世界で生きていたもんでね」



 二つの果実を平らげたゼノは、指先についた果汁を舐め取る。その隣でユウは頬に果実の欠片をつけながら、幸せそうに果実を頬張っていた。


 毒物をこれだけ食べても死なない彼らに驚いた様子の少女は、琥珀色の瞳をパチクリと瞬かせる。



「驚いたわ……毒で死なないなんて」

「そういや、この果実は毒入りだったっけか。でも死なねェなら万々歳だろ」



 ゼノは快活そうに笑って、ユウは「毒? 毒ってなーに?」などと首を傾げている。毒に覚えがないのだろう。


 毒の果実を食べてもケロッとした様子の二人に、少女は「凄いわ!!」と飛びついた。



「だって、これを食べてしまったら死んでしまうもの。お父さんとお母さんもそう言っていたわ。でも、あれだけ食べても死なないなんて凄いわ!!」



 弾んだ声を上げる少女だが、どうしてそんなに嬉しそうなのかよく分かっていない二人である。不思議そうに首を傾げて、ユウとゼノの二人は顔を見合わせた。


 少女は胸の前で手を組むと、楽しそうに微笑みながら二人に言う。



「ねえ、そんなにお腹が空いているの? もしよかったら、私の家にこないかしら?」

「お、嬉しい誘いだな」



 ユウの口元を手の甲で拭ってやりながら、ゼノはニッと笑う。



「実は今日の宿に困っていたところだ。お嬢ちゃんの誘いは正直、ありがたいところだな」

「ふふッ、決まりだわ。今日の晩ご飯は楽しくなりそうね!!」

「晩ご飯!?」



 果実を二つも平らげたユウの腹から、ぐうぅぅという空腹を主張する音が盛大に聞こえてきた。中身は五歳児でも、肉体的には立派な少年である。


 少女に対する恨みなど果実の美味しさで洗い流され、ユウはベタベタな手で少女の手を取ると青い瞳を輝かせながら詰め寄った。



「ご飯、ぼくたちにご飯くれるの!? きみ、いい人だね!!」

「あなたはなんだか子供みたいだわ。私の弟にそっくり」



 クスクスと小さく笑う少女は、ユウの鋼のような輝きを持つ銀髪を撫でた。



「私はエレナ。エレナ・スーウェンよ」

「ぼく、ユウ!! ユウ・フィーネ!!」

「アタシはゼノさ。エレナね、いい名前だな」



 目を見張るほど美しい女と自分よりも幾分か年上な少年に頼られて、少女――エレナは少しだけ恥ずかしそうにしていた。

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