【Ⅱ】エンカウントお嬢さん
「おお、おおお……」
三日ぶりに砂浜へ降り立ったユウは、見慣れない光景にその青い瞳を輝かせていた。
ユウとゼノが住んでいた島の砂浜とは違って、ここの砂浜はサラサラしていて転びやすい。着地をする際に少しよろけてしまって、ゼノに「危ねェな」と支えられてしまった。
青い巨大な魔石が埋め込まれた
「ゼノ、ゼノ、凄いねぇ!!」
「ああ、そうだな」
銀色の長弓を背負い直した美しきダークエルフの女は、ユウとは違って見慣れない景色に警戒をしているようだった。赤い瞳は鋭い眼光を宿し、近づく不届き者は全員殺すとばかりに冷たい雰囲気を放出していた。
しかし、ゼノがそんな警戒を見せる側で、ユウはどこまでも自由だった。
砂浜をヨタヨタと走り回り、転がっている貝殻を拾ってみたり、一抱えほどもある岩に乗ってみたりとやりたい放題だ。そして彼は砂浜の向こうに広がる森の存在に気づいて、ゼノへと振り返る。
「ゼノ!! 森があるよ!!」
「そうだな」
「食べ物があるかもしれないねぇ」
「…………だな」
ゼノも警戒することが馬鹿馬鹿しくなったのか、肩を竦めると早く森に行きたくてうずうずしているユウの後頭部を軽く叩いた。
彼女は銀色の
「肉がありゃいいな」
「三日ぶりのご飯は、美味しいものが食べたいねぇ」
「そうだな。気合入れて探さねェと、今日も飯抜きになっちまうからな」
「それはやだ!!」
三日間も断食を強いられて、ユウはもう限界なのだ。
森の中に進んで足を踏み入れたゼノの背中を追いかける銀髪の少年は、半泣きで「ご飯なしじゃないよね!? ね!?」としきりに食事の有無を心配していた。
☆
森の中は静かで、そして明るかった。
もうすぐ夕方になろうとしているのか、森の中には赤い光が差し込んでくる。それが眩しくて、ユウはゼノを追いかけながら目を眇めた。「んー、眩しい……」と呟くと、ゼノが振り返る。
「確かにな。森とはいえ、島の森とはえらい違いだ」
「お日様が入るのは凄いねぇ」
「そうだな。木の実なんかにも期待できそうだ」
きのみ、と聞き覚えのない言葉をユウは口の中で転がす。
島には果実などが確かに存在していたものの、あれは渋すぎて食べられたものではなかった。ゼノも島の果実を一口だけ齧って、海に全力で投げ捨てていたぐらいだ。
美味しいものが腹一杯食べられるのであれば、ユウはゼノの作る料理に文句はない。「美味しいものがあるといいねぇ」と言うと、ゼノがユウの頭を撫でてきた。
「オマエも三日間、よく頑張ったな。魔法を使い続けて疲れたろ、今日はここで休むか?」
「んーん、ゼノについてくよ」
疲れなど微塵も感じさせない笑顔で答えるユウは、ゼノの手のひらに自分の頭を擦りつけた。ゼノの手のひらは温かくて柔らかくて、撫でられると心地よいのだ。
ゼノも小さく笑って「そっか」と応じる。
ポンポンと軽くユウの頭を叩くと、それから視線を木々へ滑らせる。ぐるりと周囲を見渡した彼女は、ニヤリと悪魔的に微笑んだ。
「よかったな、ユウ坊。ちょうど手頃な木の実があったぞ」
「ほんと!?」
青い瞳に期待の光を宿すユウ。
ゼノの言う通り、少し離れた箇所に木の実をつけた大きな木が生えている。
森の中で少し開けた場所にあり、そこだけ赤い光が燦々と落ちている。枝から伸びる緑の葉に紛れて、大きな紫色の果実がぶら下がっていた。
ゼノと二人で木の実のなる樹木に近寄ると、夕方の冷たい風が吹き抜けた。ユウの厚ぼったい
「美味しそう!!」
ユウがぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいる横で、ゼノが木の実に手を伸ばした。ぷちっと一つだけ紫色の果実をもぎ取ると、その表皮に噛みつく。
しゃり、という小さな音がゼノの口から聞こえてきた。
紫色の果実からは甘い匂いを漂わせる汁が溢れ出し、ユウは感動と空腹で「ふあぁぁぁ」と涎を垂らす。
「ん、食えるな。――ほれ、ユウ坊。落とすなよ」
「わあい!!」
新しい木の実をゼノから貰い、ユウは紫色の果実を
表皮はつるりとしていて、匂いも芳醇な甘さがある。これに歯を立てた時の触感は、おそらくユウが今までに感じたことのないものだろう。海魔の肉より数千倍まともな食事だ。
「いっただきまーす!!」
意気揚々と食事の開始を告げて、ユウは紫色の果実を齧ろうとしたその時だ。
「だ、だめぇぇ――――――――!!」
少女の甲高い悲鳴が夕焼け空に響き渡ったと思ったら、ユウの背後から衝撃が走った。
あまりの衝撃に、ユウは前につんのめってしまう。
つんのめってしまった影響で、その手から紫色の果実がこぼれ落ちてしまう。てんてん、と紫色の果実が地面に転がってしまった。
転んだユウの上に馬乗りとなったのは、幼い少女だった。
艶やかな焦げ茶色の髪を靡かせて、緑色のワンピースを着た少女である。愛らしい顔立ちの中心に載せられた琥珀色の瞳はキッと吊り上げられて、少女は肩で息をしている。
「だめ、だめなの!! その果実は毒が――!!」
「ぼくのご飯がぁ!!」
少女がなんと言っていようが、気にしていなかった。
ユウは自分の食事が地面に転がって食べられなくなってしまったことに、青い瞳から涙を流して嘆いた。そのすぐ側でゼノは「あーあ」と苦笑していた。
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