第2話:小さな村から冒険の出発

【Ⅰ】ついに見えた未知の大陸

 飛ぶ。


 飛ぶ。


 まだまだ飛ぶ。


 どこまでもどこまでも飛ぶ。


「ゼノぉ」

「ンだよ」

「この景色も飽きたぁ」

「我慢しろ、ユウ坊。この海がやたら広いのは知ってんだろ」


 朝が過ぎて、夜が過ぎて、再び朝がやってきた。


 それを三度ほど海上で繰り返して、ユウは飽きが回ってきた。どこまで行っても海、海、海。景色が変わらないので面白みがなく、そろそろ海を見ることにも嫌気が差してきた。


 長い旅路に同行してくれた美しきダークエルフ――ゼノへ振り返ると、彼女は厳しめなお言葉を返してきた。

 確かにあの小さな島で毎日のように眺めていたが、まさかここまで広いとは思わなかったのだ。


「お腹空いたぁ」

「もう三日だしな。そろそろ大陸に着かねえと、アタシらは餓死すんぞ」

「やだぁ」

「だったらユウ坊、何でオマエは転移魔法とか覚えてねェんだよ」


 ゼノに指摘されて、ユウは「ええー」と困惑したような答えを返す。


「転移魔法は使えるよ」

「じゃあ何で使わねェんだよ」

「ゼノ、あれは行ったことがある場所にしか転移できないんだよ。ぼく、島のお外に出たことないもん。転移魔法を使ったらお家に戻っちゃうよ」

「マジか。よく知ってんな、オマエ」


 魔法の適性がなく知識もないゼノは、魔法に関して豊富な知識を披露するユウに舌を巻く。

 ゼノとは違って、ユウは天才とも呼べる魔法の才能がある。魔法の知識に関してであれば、いくら中身は子供っぽくてもゼノを遥かに凌駕するだろう。


 青い魔石が埋め込まれた長杖ロッドをぶんぶんと振り回しながら、ユウは「つまんなーい」と不満げに唇を尖らせる。


「お船もなーい」

「こんな危ねェ海域に人間がいたら、それこそ海魔かいまの餌になりにきてるようなもんだろ」

「人って海魔を倒せないの? ぼくたちは倒せるのに?」

「そりゃオマエ、海魔の肉しか食べるもんがねェから海魔を狩るアタシらとは違って、島の外には食べ物が豊富に転がってるんだよ」


 ゼノも実物を見たことはないが、波に運ばれてたまたま島に流れ着いた料理本から知識を得ていた。『調味料』などの単語の類を学んだのも色褪せた料理本からで、あれには見たこともないような料理の数々が掲載されていた。


 さすがに島の材料では本に載せられている料理を作ってやることは難しく、ユウには不自由な食生活を送らせてしまうことになったが、栄養失調にすらならずここまで成長することができたのは奇跡と呼んでも差し支えないだろう。


 ユウは「そっかぁ」と首を傾げながら言った。おそらく想像できていないが、とりあえずゼノが言うのだから間違いはないだろうという意味を込めた「そっかぁ」である。


「――ん?」

「ゼノ、どうしたの?」

「下になんかいるな」


 青い海を物凄い速度で突っ走っているユウとゼノは、揃って眼下に広がる広大な水溜りを見やった。


 ゼノの言う通り、確かに黒い影のようなものが空を飛ぶユウとゼノを追いかけているようだった。その大きさは普段から相手をしていた海魔よりも小さく、それでいてヒレのようなものが存在している。


「んー? ゼノ、あれ何?」

「海魔じゃねェな。魚か?」

「お魚!? あの滅多にお家でも食べられなかったあれ!?」


 青い瞳を輝かせるユウに、ゼノは「そうだな」と頷く。

 彼女の手にはすでに銀色の長弓ロングボウが握りしめられていて、しっかりと矢をつがえた状態だった。


「ユウ、アタシに魅了の魔法をかけろ」

「かけなくても、そのうち釣れるよ?」

「念の為だ。魅力がなかったらアタシが傷つく」

「ゼノは綺麗だからお魚さんにもモテモテだと思うけどなぁ」


 それでもゼノが言うのだから、とユウは空に浮かぶ魔法を行使しながらも、ゼノへ魅了の魔法をかけた。いわゆる生物の注目を惹きつける魔法であり、本来であれば囮に使うような状態異常を誘発させる魔法だ。


「《めろめろ》」


 長杖をぶんと振り回すと、ゼノの体に桃色の光が纏わりつく。

 それと同時に、ザバァ!! と海面から大きな何かが姿を現した。


 ぬめりのある体表に海水を掻き分けるヒレ、左右に引き裂かれた口にはゾロリと鋭い牙が生え揃っている。虚空に浮かぶユウとゼノを見つめる瞳は三つあり、それぞれがぎょろぎょろと忙しなく蠢いていた。

 矢を射ろうとしたゼノの手が止まり、そのおぞましい姿にユウは「わあ!!」と驚く。


「海魔!!」

「また海魔かよォ」

「お魚さんじゃなかった」

「矢がもったいねェ。ユウ坊、悪いがちょっと処理しとけ」

「うん」


 ユウは杖を一振りしてから「《ごろごろどん》」と短い詠唱。虚空から生まれた雷が悍ましい魚の姿をした海魔に直撃し、その全身からぷすぷすと白い煙を噴出する。


 やがて魚のような海魔は一塊の肉を海の上に投げ出して、黒い粒子となって消え去る。本当なら拾っていた海魔の肉だが、ユウもゼノも海魔の肉には飽きていた。


「無視するか」

「うん」


 ゼノの言葉にユウは賛同し、またしばらく飛行の旅が始まる。


 すると、視力が優れているゼノが「んん?」と不思議な声を上げた。


「ユウ坊、よかったな。これ以上飛ばなくてよくなるぞ」

「着いたの?」


 ユウの質問に対して、ゼノは「おうよ」と確かに頷く。


「でっかい島が見えてきたぜ」


 ザザン、と穏やかな波の音を掻き消すように、ユウの「やったぁ!!」という歓喜に満ちた声が響き渡った。

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