【Ⅴ】無人島からの旅立ち
なんとも言えない空気での帰宅である。
家に帰る頃には、空は茜色に染まっていた。吹きつける風も冷たくなり、ゼノは
「悪い、明かりをつけてくれ」
「うん」
ユウは小さく頷くと、燭台に手をかざした。
「《めらめら》」
すると、燭台に自然と火が灯り、薄闇に包まれていた部屋を煌々と照らす。
ユウは杖を玄関脇に置き、井戸まで手を洗いに行こうとした。
「ユウ」
「…………」
「こっちこい」
ソファに座るゼノに手招きされて、ユウはやはり怒られるのではないかとビクビクしながらゼノの元まで近づく。
だが、ゼノは怒っているような表情はしておらず、どこまでも真剣な目でユウを真っ直ぐに見据えていた。
歩み寄ってきたユウに、ゼノは「隣座れ」と自分の隣の空間を叩いてくる。正座で説教される時は必ず床なので、怒られるようなことではないらしい。
ユウはゼノの言葉に従って、彼女の隣に大人しく腰かけた。
「オマエ、島の外に行きたいのか?」
「…………」
「正直に言え。怒らねェから」
ゼノに言われ、ユウは小さく頷いた。
「でもね、でも、ゼノが行っちゃダメって言うなら、行かない。ぼく行かないよ。もう、行きたいだなんて思わないから」
「誰もそんな話はしてねェだろ」
言い訳するようなユウの台詞に、ゼノはピシャリと一蹴する。
怒られるよりも気まずい空気だ。部屋の中を流れる嫌な空気に、ユウは長衣の裾を弄りながら「うぅ、うー……」と唸る。
「よし、分かった」
唐突に、ゼノが頷く。
ふとユウが顔を上げてゼノを見やると、彼女はソファから立ち上がって玄関の脇にユウの杖と同じく立てかけてあった銀色の
いきなり訳の分からない行動をし始めたゼノについて行けず、ユウは「え、え?」とおろおろする。そんな彼に、ゼノは快活な笑顔で応じた。
「行くんだろ、島の外に。だったらアタシも行く」
「ゼノも行きたいの?」
「そりゃもちろん。こんな食い物もねェような島とは、さっさとオサラバしたかったさ」
手製だろう海魔の皮で作られた鞄に替えの衣服を詰めながら、ゼノは当然だとばかりに言う。
「でもアタシは魔法の才能なんざ持ってねェからな。海魔が
そうだったのか、とユウは納得した。納得すると同時に安堵した。
ゼノは、怒っている訳ではなかったのだ。一人になることで寂しい思いをしている訳でもなかった。「自分も島の外に行きたいのに、置いていかれるかもしれない」ということを懸念していたのだ。
そうと決まれば、ユウも旅支度である。
ソファから勢いよく立ち上がったユウは、棚に隠してあった大量のガラス瓶を持ってくる。そこには海魔から落ちた緑色の魔石が詰め込まれていて、蝋燭の鈍い明かりを受けて輝いている。
大量の小瓶をテーブルに並べると、ユウは小瓶に手をかざした。
「《ないない》!!」
すると、テーブルに並べられた小瓶がフッと姿を消す。
この魔法は便利なもので、重い荷物や大量の荷物を異空間に転送して、特定の呪文を唱えれば自在に取り出せるという内容の魔法だった。
ゼノが「おお……」と赤い瞳を瞬かせ、
「便利だな、それ」
「ゼノのもやる?」
「持たなくていいならちょうどいい、やってくれ」
ゼノの足元に置かれた大きな鞄にも手をかざして、ユウは「《ないない》」と唱える。緑色の魔石を詰め込んだ瓶と同じように鞄もフッと消え去って、荷物は全部なくなってしまった。
「魔法の本はどうしよう」
「置いてけよ。新しいのを島の外で買えばいいだろ。もしかしたら同じような奴があるかもしれねェし」
「そっかぁ。分かった」
「アタシも料理の本は置いていこう。特に何の参考にもならなかったし」
二人が知識を得る場所は、本によるものか実戦経験のどちらかだった。
海魔の肉の調理方法はゼノが流れ着いた料理本を見て覚えたものだし、海魔との戦い方は毎日同じような敵を倒していれば自然と攻略方法も見えてくる。
もし誰かがこの島に流れ着いた場合、確実に暇になることを予測して本は置いていくことにした。ユウもゼノの意見に賛同して、玄関脇に置かれた自分の杖を手に取る。
「ゼノ、どこに行こうか」
「ユウ坊が行くならどこへでも」
家の外に出れば、空は茜色から紺碧に変わろうとしていた。
星が瞬き始めた夜空を見上げ、ユウは杖を掲げる。彼の隣には、いつでもついてきてくれる美しきダークエルフがいた。
「《ぷかぷか》」
ユウの短い詠唱を合図に、一陣の風が二人を地上から攫う。
虚空にぷかぷかと文字通り浮かんだ二人は、まだ見ぬ大陸を目指して旅立った。
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