【Ⅲ】お昼ご飯は味無しスープ

 そんな訳で。


 海魔かいまの肉は持ち帰り、本日の昼食となる。

 空腹感が満たされるのであればもう海魔の肉でもいいと開き直ったユウは、昼食にありつけることにご機嫌な様子だった。


 肉を抱えるゼノの背中を追いかけ、ユウは同じく海魔の残滓ざんしから残された二つの緑色の魔石を両手でニギニギする。緑色というより翡翠色をしたその魔石は、手のひらに収まる程度の小さなものだった。



「ゼノ、この魔石はどうしよっか?」

「綺麗だから取っておけばいいだろ」

「でも、同じ魔石がたくさんあるもん」



 毎日のように海魔を狩り続けていると、時折こういう綺麗な魔石を落とすことがある。ここ最近では必ずと言っていいほどだった。


 この魔石の使い道が分からず、ユウはただ増えていく一方の綺麗な魔石の処理に困惑するしかなかった。魔石は食べられないし、加工しようにもユウの杖にはこれでもかというぐらい装飾品がつけられているし、ゼノはそもそも装飾品の類を好まない。


 重たい海魔の肉を軽々と抱える美しきダークエルフは、



「じゃあ捨てちまえ」

「ゼノはいらないの?」

「食えねェからいい。装飾品も、狩りの時に邪魔になるしな」

「そっかぁ。じゃあいらないか」



 ポーイ、とユウは茂みに向かって緑の魔石を放り捨てる。


 緑の魔石は茂みの向こう側に消えていき、てんてんという地面を転がる小さな音を立てて見えなくなった。



「ゼノ、今日は海魔のお肉をどうするの?」

「煮込む」

「にこむ?」

「スープを作る」

「わーい、スープだぁ」



 海魔の肉の調理方法を聞いたところで、料理をしないユウには想像もできないことだった。ここはもう素直に喜んでおくしかない。


 しばらく鬱蒼とした森の中を歩くと、木々に隠れるようにして丸太の家が見えてきた。

 玄関先に斧が突き刺さった切り株がどんと置かれていて、ゼノは振り返らずに「その切り株に近づくなよ」と言う。おそらく、ユウが斧に触って怪我をすることを懸念しての発言だろう。


 ユウは特に文句を言うことなく、素直に「はーい」と頷いて切り株から離れる。

 ゼノが家の扉を開け、彼女に続いてユウは元気よく「ただいまぁ」などと言いながら家の中に入る。



「外から帰ってきたら手洗いとうがい。アタシは昼飯を作るから」

「はーい」



 ダークエルフの言うことを素直に受け入れたユウは、巨大な青い魔石が埋め込まれた杖を玄関扉の脇に立てかけると、井戸へ駆け込んだ。


 背後から聞こえてくる肉を切る音に期待しながら、ユウは井戸の前に立つ。石造りの井戸にはバケツがなく、また水をすくい上げる為の滑車もない。


 別に井戸などなくても、ユウには魔法がある。巨大な海魔を雷だけで仕留めてしまうほどの実力を有する彼が、杖がなければ魔法が使えないという訳がない。



「《じゃぶじゃぶ》」



 短い詠唱。


 すると、井戸の真上に突き出されたユウの手に、虚空から生み出された水が降りかかる。

 冷たい水に「うひゃあ」と情けない声を上げたユウは、ゼノに怒られない為にもきちんと石鹸で手を洗う。



「うー、ちべたい……」



 水に濡れた手を厚ぼったい長衣ローブで拭い、ユウはいそいそと家の中に戻る。


 家の中に足を踏み入れると、調理場に立つゼノが鍋をぐるぐるとかき混ぜていた。彼女の背中に「洗ってきたよ」と呼びかけると、



「じゃあ、器を出しとけ。もうそろそろで飯ができるぞ」

「はーい」



 ユウは棚から木製の器を取り出すと、二人用のテーブルに並べる。それから同じく木製の匙も持ってくると、木の器の横に配置した。


 二つある椅子のうち片方に腰かけると、ゼノが鍋をテーブルの真ん中に置く。鍋の中身は海魔の肉の塊と、家庭菜園で作られている萎びた人参や小さなジャガイモなんかがお湯に揺れていた。



「んー、匂いしなーい」

「そりゃ塩だけだからな。ほら、食べるぞ。大人しく座っとけ」

「うん」



 テーブルを揺らさないように大人しく座ると、ゼノはお玉でスープを木の器に盛りつける。美味しそうな香りは一切せず、ただ適当な野菜と不味そうな肉が浮かんでいるだけのお湯が目の前に出される。


 ゼノも同じように自分の器へ味のしなさそうなスープを注ぐと、ユウの対面にある椅子に座った。彼女が胸の前で手を組んだので、ユウもそれに倣って胸の前で手を組む。



「自然の恵みに感謝を込めて――いただきます」

「いただきます」



 ゼノの感謝の言葉と共に、昼食が始まる。


 スープを匙ですくったユウは、まずその液体を口の中に入れる。



「……味しなーい」

「言ったろ、塩だけだって。塩も少ねェんだよ」

「スープじゃなくて、お湯だねぇ」

「文句があるなら食うな」



 ゼノが厳しい声でピシャリと言うので、ユウは仕方なしに海魔の肉入りのお湯をちびちびと啜るのだった。


 彼女の作る料理は決して不味い訳ではないのだが、どうしても資源が限られた島だと色々と物資も足りない訳で。

 味気のないスープを消化しながら、ユウは「味しない……」と小さく文句を呟くのだった。

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