【Ⅱ】天才魔法使いの海魔退治
「ユウ坊、オマエは援護を頼む!!」
「うん!! もう
ゼノは銀色の
一方でユウはヨタヨタと青い魔石が埋め込まれた杖を両手で構えると、海面から顔を覗かせてこちらを狙っている海魔へ杖の先端を突きつけた。ぐるんと拙い手つきで
「《ばしゃーん》」
呪文も何もなかった。
彼が放った言葉は、単なる擬音語に過ぎない。子供が使うような単語に、込められた意思など特にない。
しかし、その言葉だけで彼の魔法は発動してしまう。
ぐわりと海面が持ち上がり、津波となって横から海魔に襲いかかる。ユウの言葉通りにばしゃーんと海魔に大量の海水が押し寄せたことで、海魔は体勢を崩してしまう。
「――しゅあああああああああああああ!!」
「わ、わぁ!!」
何をするんだ、とばかりに海魔が咆哮を上げ、ユウは怯えたように二歩三歩と後ろに下がってしまう。
「ゼノ、ゼノぉ!! 怖いよぉ!!」
「しっかりしろ、ユウ坊。たかが蛇ぐらいでピーピー泣くな!!」
ゼノに厳しい言葉で叱りつけられて、ユウは「泣いてないもん!!」と意地になって返す。
弓を引き絞っていたゼノは、その矢を放った。空気を引き裂いて飛んでいく矢は、寸分の狂いもなく海魔の左眼窩に吸い込まれていく。鮮血が青い空に舞い、海魔は激痛に「しゅあああ!!」と叫ぶ。
「ゼノ凄い!!」
「当然だろ」
新たな矢をつがえたゼノは、ユウの称賛の言葉を自慢げに受け止める。
すると、左眼球を射抜かれた海魔が、左右に引き裂けた口を開く。ぞろりと牙が生え揃った口の奥に、青白い光が灯る。ヒュイイイイイ、となにやら不穏な音さえも耳朶に触れた。
矢をつがえたゼノは顔を引き攣らせ、ユウは「あわわわ」と慌てて杖をぐるんと振り回す。
「《おまもり》!!」
新たな魔法を完成させると、ユウとゼノを守るようにして透明な壁が作り出される。それと同時に、海魔の口から青白い光線が放たれた。
渾身の一撃を放った海魔は、勝利の雄叫びを上げる。「しゅああ、しゅあああ!!」と細長い体をくねらせて喜びを露わにする海魔だが、もうもうと砂煙が立ち込める砂浜から飛んできた矢に残っていた右眼球さえも射抜かれてしまう。
砂煙を引き裂いて飛び出したゼノは、虚空を踏みつけて空を舞う。驚いたことに、彼女は悠々と虚空を走り回っているのだ。
目を潰された海魔はその驚愕な光景を見ることは叶わないが、ゼノの空中歩行はユウの協力あってのことだった。
「《ぷかぷか》《ぷかぷか》《ぷかぷか》」
連続で意味を成さない言葉を並べて、ユウは杖の先端をゼノから外さないようにする。縦横無尽に空を飛ぶ彼女に照準を合わせて魔法を放ち、美しきダークエルフが海に落ちないように対処する。
「ぜーのー、まだぁ?」
「あと少しだ!! ユウ坊、矢に雷の魔法を収束させろ!!」
「うん」
ゼノを海に落とさないように魔法をかけながら、ユウはさらに彼女の持つ矢に魔法を集中させる。
「《ぴかぴか》」
その時だ。
ピシャーンッ!! と晴れ渡った空から雷が落ちて、ゼノの持っていた矢が
ゼノはその美貌に引き裂くような笑みを浮かべると、避けることすらしない海魔に矢を放った。
「さっさと死んどけェ!!」
美女にあるまじき雄叫びを上げると、寸分の狂いもなく矢は海魔の眉間に突き刺さった。
海魔は「しゅああああああああ!!」と断末魔を上げると、海に倒れ込んだ。水飛沫を大量に撒き散らして、その死骸をぷかぷかと海面に浮かべる。
ユウによる魔法の誘導により、ゼノは小さな島の砂浜に帰還を果たす。銀色の長弓を背負い直すと、彼女は快活な笑みをユウに向けた。
「どうよ」
「凄い凄い!! ゼノ凄い!!」
「ユウ坊も魔法の腕が上がったなァ。言われなくても守護の魔法をすぐにかけるとか偉いぞ」
「えへへ。ゼノに言われたもん、危ない時は守護の魔法!!」
キャッキャとはしゃぐユウの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でるゼノだが、ふと背後から聞こえてきたぱしゃんという水を打つ音に二人して動きを止めた。
そういえば、まだ死骸は残っていたはず――。
ゆっくりと振り返ると、両眼を矢によって潰されて、眉間からも矢が生えた海魔が最後の力を振り絞ってその体を起こしていた。左右に引き裂けた口に青白い光を灯し、再び光線を放とうとしていた。
「まだ死んでなかったか!!」
ゼノが舌打ち混じりに銀色の長弓を構えるが、矢をつがえている暇がない。弱い力でも人間であれば消し炭になることは間違いない訳で。
しかし、その光線が放たれるより前に、海魔に対する恐怖が限界値を超えたユウが「やああああああ!!」と悲鳴を上げる。
「《ごろごろどん》!!」
短い詠唱。
晴れ渡った空から雷が落ち、海魔の頭にぶち当たる。感電することとなった海魔はぷすぷすと白い煙を全身から立ち昇らせて、ふらりと海面に倒れた。
ピクリとも動かない海魔の体が、どろりと溶けて黒い粒子に変換される。泳げば津波ぐらいは引き起こせそうな巨体があっという間に小さくなり、残ったものは一抱えほどもある肉の塊と緑色の魔石が二つほどだった。
「怖い!! ゼノ、海魔怖い!!」
「安心しろ、ユウ坊。もう怖い海魔はいねェ」
泣きついてくるユウをあやしてやりながら、ゼノは言う。
「相変わらず、魔法の腕だけは天才だよな。本当」
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