第1話:旅立つ二人は規格外
【Ⅰ】名もなき無人島に住む魔法使いとダークエルフ
――その世界は、魔王の脅威に晒されていた。
禁術と囁かれている闇魔法を極めた魔王は、イグリアス大陸全体に魔物を大量に解き放った。
魔物は魔王の命令を忠実に遂行し、周辺諸国を次々と襲って世界を絶望の渦に叩き落とした。魔法の心得がある人間が魔物に対抗したが、無尽蔵に生み出される魔物は数で人間を圧倒してきた為に、人々は世界に蔓延る魔物に平和を脅かされた。
誰も魔王に勝てない。そもそも魔王が根城とする城にすら到達できない。
魔王の城に近づくにつれて、魔物の強さも桁違いになる。自分の力に自信がある愚か者が魔王に挑んだが、一秒と持たずに魔物によって
勢力を広げていく魔王の存在に、人類はただ怯えて過ごすしかなかったのである。
☆
晴れ渡った青い空、輝く白い砂浜。
波も穏やかな青い海は、気候も相まって絶好の海水浴日和であることを示している。
ここはグレイシャール蒼海、名もなき島。
イグリアス大陸の誰にも認識されていない、青い海に取り残された無人島である。
自然豊かなこの小さな島は、たった二人の島民しか住んでいなかった。
これだけ豊かな自然があれば渡り鳥の一羽でもやってきそうな雰囲気はあるが、不思議なことに二人の島民以外の生き物を認識することができない。小動物はおろか、虫の一匹だって見当たらなかった。
そのたった二人の島民は現在、陽光に熱された白い砂浜を散策している最中だった。
「お腹空いたぁ」
島民の一人である銀髪碧眼の少年が、ポツリと呟く。
肩まで届く銀髪を潮風に揺らし、空の色と同じ青い瞳はぼんやりと水平線を眺めている。
厚ぼったい
三日月のモチーフや星の装飾などが随所に施され、並大抵の職人では作り出すことができない繊細で美しい長杖である。博物館に展示されていてもおかしくないその芸術品を、少年はずるずると砂浜に擦りつけていた。
「ゼノ、お腹空いたぁ」
「分かってるっての」
少年の言葉に同意したのは、褐色肌の美女である。人間とは違って真横に伸びた長い耳はエルフ族の証拠であり、肌が浅黒いのはエルフ族の中でも異端者扱いされるダークエルフの特徴だ。
白金色の髪を雑にポニーテールにまとめ、果てしない海を眺める瞳の色は炎を想起させる鮮やかな赤。彫像めいた冷たい美貌を有する彼女だが、対照的に使う言葉はまるで男のようなものである。
胸元が大きく開いたシャツを腰の辺りで絞り、細身のズボンと踵の高いブーツというとても砂浜を歩くには適さない格好をした美女は、銀色の
「だからこうして食えるもの探してんだろ」
「
「調味料がねェからな」
「ちょーみりょー? ぼく、よく分かんないや」
「分かんなくていいぞ。そもそも一般人は、こんな鳥の一羽だっていねェ無人島なんかに住めねェよ。食える肉が海魔だけってどんな島だよ、聞いたことねェよ」
今までの自分たちの生活を全否定するように、ダークエルフの美女が言う。
そもそも、彼女の先の発言だと、一般人ではなかったら鳥の一羽だって見つからない無人島に暮らせると言っているようなものである。それは暗に、自分たちがまともではないことを示していた。
サクサクと白い砂浜を当てもなく彷徨う彼らは、ザパァン!! という海面を叩く音を聞いた。弾かれたようにバッと海へ視線をやると、穏やかな波を湛えていたはずの海面がゆらゆらと大きく揺れている。
「……ゼノ、あれ何?」
「静かにしてろ、ユウ坊」
ザバァ!! と。
海面が大きく盛り上がると、そこから蛇のような顔が覗いてくる。
銀の鱗が全身を覆い、爬虫類のような虹彩の細い
しかし、それは二人も同じである。
生物がいない島を散策して、ようやく巡り会えた生き物である。先程まで二人して「腹減った」「お腹が空いた」などとやり取りをしていて、生き物を前にすればやることなど一つだけだ。
「「餌だァ!!」」
青と赤の瞳をそれぞれ輝かせ、ダークエルフと少年は歓喜の雄叫びを上げる。
グレイシャール蒼海に浮かぶ小さな孤島の唯一の住民である二人――ユウ・フィーネとゼノ・シーフェの日常は、まず餌の調達から始まるのだった。
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