序章:Ⅱ【魔王? ああ、そこにある氷柱の中】
「やっちまったなァ」
「うん、やっちゃったね」
天井が崩落した玉座の間に、巨大な氷柱が鎮座していた。
これまた趣味の悪い黒い杖を掴んだ彼の手は細く華奢で、悪く言えば鶏ガラのような痩せぎすである。立つのがやっと、とも言えそうな尋常ではない細さだ。
「ゼノ、ゼノ。このおじちゃん、魔王って言ってたよね? 魔王ってとっても強い闇魔法の使い手なんでしょ?」
氷柱に閉じ込められた男をつぶさに観察しているのは、銀髪碧眼の少年である。
肩まで届く銀髪に、空の色を溶かし込んだかのような色鮮やかな青い瞳。精悍な顔立ちはどこか幼さを残し、薄い唇から紡がれる言葉は子供のようにあどけない。見た目こそ立派に成長した一〇代の少年といった風体だが、中身の成長が伴っておらずちぐはぐな印象を受ける。
厚ぼったい
両手で抱える杖の先端でひび割れた床をコツコツ叩きながら、銀髪碧眼の少年は隣に並ぶ相手へ「どう思う?」と訊いてみる。
「じゃあ魔王じゃねェんだろ。最強の闇魔法使いが、まさか魔法一発ぶち当てただけでくたばるとは考えられねェからな」
彼の問いに答えたのは、褐色肌の美女である。真横に突き出した長い耳はエルフ族の特徴であり、褐色肌ということはエルフ族内でも異端者扱いされるダークエルフの証拠だ。
やや乱れた白金色の髪をポニーテールに結い、炯々と輝く赤い瞳で氷柱に閉じ込められた男をぼんやりと眺めている。顔立ちは息を飲むほど美しく、簡単に他人が触れてはいけないような印象を周囲に与えるが、その冷たい美貌とは裏腹に彼女はまるで男のような言葉遣いをする。
胸元が大きく開いたシャツを腰の辺りで絞り、細身のズボンと踵の高いブーツを履いたダークエルフの美女は、銀色の長弓と矢筒を背負っていた。さらに腰に引っかかっている革製のベルトには巾着がいくつか吊り下げられていると共に、よく砥がれたナイフも鞘にしまって括りつけられている。狩猟と弓術が得意なエルフ族らしい装備と言えるだろう。
ダークエルフの美女は特大の欠伸をすると、
「帰ろうぜ、ユウ坊。そろそろ腹が減ったろ」
「うん」
銀髪の少年はダークエルフの言葉に頷くと、先を歩く美女の背中を追いかける。
玉座の間に鎮座する氷柱に背を向けて、と少年とダークエルフはさっさと退散する。どのみち、この氷柱は誰かが見つけることだろう。その誰かに氷柱の処遇は考えてもらうことにする。
カツンコツンと二人分の足音が、
陽の光が差し込んで明るくなった廊下を眺めて、少年が「大変だ」と焦りも何も感じないのほほんとした様子で言う。
「ゼノ、誰もいないね。冒険者の仕事、減らないかな?」
「平気だろ。冒険者の仕事は多いからな、雑用だってなんだってやらなきゃいけねェし。魔物がいなくなったところで、また別の仕事をやりゃいい」
「ゼノが言うならそうしよう。ぼくにも何かできるお仕事あるかな」
「オマエは優秀だからな。きっと仕事はたくさんあるだろ」
ダークエルフはなんとか追いかけてくる少年の頭を撫でてやる。少年はダークエルフの優しい手のひらを、目を細めて享受する。
「今日は頑張ったからな、夕飯はちょっと豪勢にしようか」
「本当?」
「おう。オマエの好きな牛挽肉のパイにしてやる」
「やったぁ!! ゼノの牛挽肉のパイ、とっても美味しいからぼく大好き!!」
「ソイツはよかったな。作り甲斐があるってもんだ」
夕飯に好物が出ると聞いた少年は、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを露わにした。見た目は大人びているものの、やはり中身は一〇歳未満の子供を想起させる。
やがて、二人はボロボロに半壊した城から出る。それまでは分厚く黒い雲に覆われていた空模様だが、いつのまにか晴れ渡った青空を見せていた。燦々と暖かな陽光が降り注ぐ穏やかな世界を眺めて、と少年とダークエルフは言う。
「ゼノ、次はどんな冒険に行こうか」
「ユウ坊が行くなら、どこへでも」
銀髪碧眼の少年は、無尽蔵の魔力量を有し全ての魔法を使いこなす最強の魔法使い――ユウ・フィーネ。
ダークエルフの美女は、同族の中でも異端だと恐れられながらも卓抜した戦闘技術を有する狩人――ゼノ・シーフェ。
あの最強の闇魔法の使い手である魔王をものの三秒で討伐するような二人は、駆け出しの冒険者として自由奔放に過ごしていた。
この物語は、そんな自由奔放で常識知らずな二人が、魔王を討伐するまでの気ままな冒険譚である。
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