『50年草』
バルバルさん
50年分の愛を誓うために
カリカリとガラス筆が紙の表面を撫でる音がする。
部屋の中、その音源たる私は椅子に座ってとても分厚い白紙の本に、この国の歴史を刻んでいた。
今日、この国で何があり、誰が生まれ、誰が結ばれ、誰が別れ、誰が亡くなったか。
そういった、国の歴史をひたすらに分厚く巨大な本が本棚に並ぶこの部屋で書き連ねていく。
部屋の高い場所にある窓から、太陽の光が差し込む。どうやら朝が来たらしい。
私は、ぐいいぃ……っと背伸びをして、石造りの天井を見上げる。今日も、今日が始まった。
新しく誰かの歴史が進む日が、また始まったのだ。なんとも素晴らしいことだ。
さて、今日は何をしようかな。
私はアルバニアンのリサ。アルバニアンとは、300年の寿命を持つ長命の種族で、かつて神から歴史を書き記すことを命じられ、この長命を授かったとされている。私もその使命に従ってこの国で歴史の編纂をしている。
外観は20年までは普通のヒトと一緒の成長をするが、そこからの老化は非常にゆっくり。私はすでに80年の時間を生きている。ヒトだったらお婆ちゃんの年齢だけど、アルバニアンたる私はまだまだ、同種族に言わせれば小娘らしい。数少ないこの国にいる同種族の先輩は160歳だから、まだその人の半分しか生きていない。
さて、外に行く前に身だしなみを整えよう。そう思って鏡の前に立つ。
ヒトとアルバニアンを見分ける方法は、目の色。白目がエメラルドグリーンで、瞳がルビーなのが、アルバニアン。白目がホワイトで、黒目がブラックなのがヒトだ。
このエメラルドグリーンとルビーの目。ヒトに言わせればこれ以上なく美しいらしいが、毎日見ている私たちからすれば、ありがたみも何もない普通の目だ。まあ、嫌いではないのだけど。
色白の肌に日焼け止めの軟膏を薄く塗り、長いルビーの髪を馬の尾状に縛り、唇に薄く紅をつける。
日中も夜も、王都から運ばれる情報を歴史として書き記すだけだが、その情報が来るまでの空き時間は自由だ。偶には外で日光を日焼けしない程度に浴びたいと思い外出した。
野で花を眺め、太陽の光を程よく浴びるのは何とも気分がいい。
近くの木々の影の長さから、まだ王都からの使者が来るまでは少し時間があるのがわかる。もう少し外を楽しめそうだ。
そんな風に野を楽しんでいれば、ぱさ、と何かが倒れる音。そちらへと向かえば、なんと、軽鎧の人が倒れているではないか。
近づけば、香ってくる微かな血の臭い。聞こえてくるのは男性の荒い息。どうやらケガをしているようだ。
さて、どうしようか。見捨てるという選択肢は選びたくはないが、助けるという選択肢も、正直選びづらくはある。何せ相手は男、こちらは女なのだから。目を閉じているから種族はわからないが、十中八九ヒトだろう。
そんな風に迷っていれば、鎧に携帯されていた本が目に入る。
それを見て、私はこのヒトの男性を助けようと思った。多分、悪いヒトじゃない。
とりあえず、邪魔な鎧は軽鎧でも私には重すぎるので脱がせて、半裸となった男性を引っ張って塔へと向かう。
燃えるような紅い短髪で、鍛えているのか半裸でもかなり重い。頑張って運んだ後は、彼を床に寝かせる。
そして改めて観察。肩に一対の咬み痕。どうやら毒を持った蛇に噛まれたようだ。
確か解毒薬があったはず。それを傷口に塗り込んでやると、相手は眉をしかめる。痛かったようだが、その痛みが、相手を覚醒させたようだ。
◇
俺はヒトのグラビウム。勇者を目指す騎士見習いだ。勇者とは、この国では最高位の実力を持つ騎士にのみ与えられる称号のことで、それを目指し俺は日々鍛錬をしている。
懐には自身の聖書とも呼べる本である勇者の心得という本を携えて、張り切って鍛錬に励む。
だが今日は少し張り切りすぎたようだ。山での走り込みの最中に、巨大な鎧蛇に出会ってしまったのだ。一応帯剣はしていたが、この鎧蛇には剣戟より、魔術攻撃のほうが効果がある。
だが無い物ねだりはできない。俺は覚悟を決め、鎧蛇と戦った。
そして今、鎧蛇の毒で意識をもうろうとさせながら、下山している。鎧蛇は倒せたが、その牙は鎧など簡単に貫くため、その毒が効いてきたようだ。
意識が薄れる気持ち悪い感覚が襲うが、この毒に致死性がない事だけが救いだ。
だが辛いのは確かで、ふらりふらりと山を下りれば、どこかで道を間違えたのか野に出てしまった。
そして、ぱさ。と、草の上に倒れこんで意識を失った。
その後、何やらいい香りがした後に痛みで覚醒すれば、そこにいたのは天の使いかと思えるほどに美しい女性だった。
「起きた?」
そう問われたので頷いて肯定する。ここはどこかとか、君は誰だとかいろいろ聞きたいことはあるが、まず言うべきことがある。
「助けてくれてありがとう。死ぬかと思った」
感謝の言葉は非常に大切だ。だが頭が回ってないのか、短い言葉しか紡げなかった。
「いいよ。最初、助けるかどうか迷ったし」
「でも、助けてくれただろ? じゃあ、礼を言わなくちゃな」
そして、相手の瞳の色が見えた。エメラルドグリーンに、ルビー色。どうやらアルバニアンの様だ。とても珍しい種族だ。
さて、どうやらここは彼女の家のようだ。その床に寝てばかりもいられないだろう。そう思い、起き上がるために動こうとする俺を彼女は止めた。
◇
「待って。まだ包帯も巻いてない、化膿とかしたら大変だから少し休んでっていいよ」
「いいのかい?」
そう彼が目を丸くして問う。まあ、確かに男性に対して無防備に思われても仕方がない。
だが私には、彼が私を襲わないと思う確信じみた思いがあった。
「いいよ。だってアナタ、『勇者の心得』を持ってるでしょ?」
「ああ、持ってるよ」
「なら、安心」
笑いかけながらそう言うと、彼の顔は真っ赤になる。女性の笑顔で顔を赤くするとは、なんというか初心なんだなぁ。なんて思ってしまうが、悪いヒトではないという確信が深まった。
まあ、『勇者の心得』なんて、少年でも今の時代持っているかどうか怪しい、子供じみた本をあんなに大切に持っているのだ。きっと悪いヒトではない。そう思って助けたのだが、正解だったようだ。
「でも、流石にベッドには寝かせられないから、床で我慢して」
「十分だよ。ありがとう」
そういう彼に包帯を巻いてやる。すると彼が。
「俺は、ヒトのグラビウムという。貴女は?」
「私? 気になるの?」
「ああ、やっぱり命の恩人の名前は気になるよ」
「大げさだなぁ」
だがまあ。名前を使った呪いなどかけてくる相手でもないだろう。
そう思い、名前を教えてあげた。
「私は、アルバニアンのリサ」
◇
告げられたリサという名前。俺はその名前を心に刻みつつ包帯を巻いてもらう。その手は少しヒンヤリとして、なんだか心地良く感じた。
どうやら彼女は、他のアルバニアンと同じく歴史の編纂を行っているようで、この部屋には沢山の本が並んでいる。
俺は、体が動くようになるまでリサさんの部屋の床に横になって、目を閉じていた。
しばらくして、体が動くようになったころには彼女は歴史の編纂に入っていたようで、目を開ければ彼女は歴史の編纂に入っていた。
そんな彼女と二言、三言と言葉を交わし、改めて深く礼を言って彼女の塔を後にした。
なんというか、塔を後にするときに何とも言い難い感情が胸に去来したのが不思議だった。
その後は騎士団長にものすごく絞られた後、訓練に戻る。
彼女の使ってくれた薬の効果がいいのか、剣の裁きが絶好調だったように感じた。
そのまま二日、三日と時間が過ぎた。
何故かはわからない。だが、再び彼女に会いたいなぁ……と、ふとした瞬間に思うようになっていた。
そして四日、五日と過ぎれば、彼女にもう一度……いや、一度で満足するかはわからないが。とにかく会いたいなと、そう思い始めた。
だが、理由もないのに会いに行くというのも可笑しな話だろう。
ちらり、と腰の「勇者の心得」を見る。
そして彼女と別れ六日目。
俺は彼女の住まう塔を、再び訪れていた。
◇
先日助けたヒト種族の男性。確かグラビウムとか言ったか。彼が再びやってきたのには驚いた。
どうしたのか聞けば、私が編纂した、今までの勇者の記録が読みたいらしい。なるほど、『勇者の心得』を持つ彼らしいと思い、私は了承した。
『勇者の心得』は、文字通り過去の勇者がどういった心構えをもって勇者となったかとか、そういったことを記した本。まあ、はっきり言えば持っていると子供っぽいと言われる本だ。
だが彼曰く、この本は人生を形作った、夢へと向かうための聖書だという。なんとも少年のようなヒトなのだなと思い、少し微笑ましかった。
そして彼は私の編纂した歴史の本をゆっくりと読む。やはり読まれてこその本だ。だが、私が編纂した本が彼に読まれるのは、なんだかくすぐったい気分になる。何故かはわからないが。
私が歴史書を編纂する横で、彼は私の編纂した本を読む。
その炎のような熱意のこもった瞳で、私の書いた文字をなぞっていく。
そして、彼は本を一冊、じっくりと読んで塔を後にした。
その八日後、再び彼はやって来た。見た目と違って読書家なのだな。そう思いながらも部屋に通す。
そして、真剣な表情で私の編纂した内容を読んでいく。
そんな彼の目が、表情が……ふいに、かっこいいな。そう思ってしまった。
まだ二十年かそこらしか生きていない、私達の種族からすれば若造も若造の年齢の、ヒトである彼。
そんな彼がかっこいいなどと笑い話みたいだが、ふっとした瞬間にそう思ってしまった。
なんというか、悔しい気分だ。そんな思いを抱きながら、ちらり、と編纂中に横目で彼を見る。
やはり歴代の勇者の歴史を読む彼はかっこいい。
その日から、八日ごとに彼は私の塔を訪れるようになった。
◇
騎士団には八日ごとに昼の休暇がある。それを利用し、俺はリサさんの塔に入り浸るようになっていた。
口実としては、勇者の歴史を知りたいというもの。
もちろんそれも大きな目的の一つだが、もう一つの大きな目的は、リサさんに会う事。
俺が歴史書を読んでいるときに、不意に視線を横に移せば、ガラス筆で紙に歴史を綴る彼女の端整な姿が。
休日の過ごし方としては、これ以上なく充実しているだろう。
そして六度目の訪問の日。すでに野は秋から冬支度になり始めたころ。
彼女が不意に、夕食をどうだと言ってきた。
俺は心音が相手に聞こえるかと言うくらいにどきりとした。リサさんの手料理!
肯定し、夕食をいただくことにした。
アルバニアンの舌は薄味が好みと聞いていたが、ヒトに合わせて濃い目に料理してくれたようで、とてもおいしかった。
◇
「おいしい」
そう言う彼のおいしそうにスープを食べる表情。それに感じるこの感情は何なのだろうか。ほんわりと、心が温まるような。外気は寒くなってきているのに。
「良かった」
「でも、良いのか? アルバニアンは薄味が好みと聞いたが」
「大丈夫。これくらいの濃さならおいしく感じる」
本当においしい。ヒトもアルバニアンも美味しく感じる味の濃さに仕上げるのに苦労したが、そのかいがある味だ。
だが一番の調味料は、おいしいと言ってくれる彼の存在。なんて思うような私だっただろうか?
不思議な感情が、胸を支配する。
そして最近感じるようになった、彼を見送るときのこの胸に去来する寂しさに似た感情は、何なのだろうか。
本当に最近の私は変だ。そう先輩のアルバニアン。アーイに相談すると、彼女は本当に困ったような表情をした。そして、その表情はどこか悲しげだった。
「そっか。きっと、リサはそのヒトの彼に恋をしちゃったのね」
「恋?」
「そう。異性が嬉しいと嬉しくなって、悲しいと悲しくなって、その異性を魅力的に感じるようになる。そんな感情を恋というの」
その言葉は、すっと胸に入ってきた。そっか、そういう感情も私に存在するんだ。ヒトという違う種族に対して。
「そっか、私は、グラビウムに」
「でも、ね」
だけど、アーイの続けた言葉に、私は。
◇
「もう、彼女の塔に近づかないほうがいい」
そう占い師の老婆に言われたのは、雪の降る季節。
騎士団に所属する騎士が、より良い未来へ向かうために、未来をうっすらと予知できる者に年一回見てもらうのが通例になっているのだが、その場でこういわれた。
「な、何を」
「あんた、塔の彼女に恋をしているね?」
そう言われて言葉に詰まる。恋は……しているのだろう。種族の違う彼女に。
「種族違いの恋、しかも寿命がものすごく違う種族同士の……そんなもの、悲劇にしかならないって決まっているのさ」
「そんなことは」
「無いわけがないよ。あんたが頑張っても、生きられるのはせいぜい80年かそこらだ。300年を生きる塔のアルバニアンに、あんたの死を看取らせる気かい?」
そう言われ。歯をかみしめ、血が滲むほどにこぶしを握る。
「まあ、どういう未来を生きるかはアンタ次第だがね。勇者をこのまま目指すか、アルバニアンの傍にいるか。どっちか、選ばなくちゃならなくなることは確かさ」
その言葉に反論する言葉もなく。
その次の日が、いつもの八日目だったが。
彼女の塔の前まで来たのは良いが、閉ざされた扉の前で、その戸に背を向けて、戸をノックできずにいた。
夢である勇者を選ぶか、愛おしい彼女を選ぶか。
どちらかを選べば、どちらかを切り捨てることになる。確かにそうだ。
俺は、どちらも選びたいし、どちらも切り捨てたくない。
だがそんな甘い選択は現実ではできないのだろう。そう思い、ノックできずにいた。
ふと、勇者の心得が目に入る。俺は勇者の心得を手に取り読んだ。
子供のころから繰り返し読んだ内容。
すべて暗記したはずの内容。
その一節にこう書かれていた。
『勇者になろうとするために、何かを捨てる者。その時点で勇者にあらず』
『勇者とは称号ではない。誰かのために、何かする。誰かのための勇者であれ』
◇
塔の中。私は扉を背に立ち竦んでいた。今日は、いつもの八日目。
だが、ノックが響くのが怖かった。
もうそろそろ彼が来る時間だ。だけど、彼に会うのが怖い。
アーイに言われ、私は思い知った。種族の違う、寿命の違う恋など悲劇にしかならないと。
でも、そういわれて納得できるほど自分の感情は私に優しくなくて。
彼は私より先に死ぬ。それに耐えられる覚悟が、私にはまだ足りなくて。
ふる、ふると震えながら彼のノックを待つ。
ふと、傍にあった歴史書の一冊が目に入った。よくこの本を、彼が読んでいたと思ったのだ。そして、手に取る。完全に無意識の行動だ。
ぱらりと開いてみる。そこには、その代の勇者と、彼に付き添った女性の歴史というべきものがつづられていた。
『男は強いが弱い物。私がいて初めて彼は勇者であれる』
『いつか。それはとても怖い言葉だけど。今がなくて、そのいつかが来ないなら、私は今を作って、そのうえでいつかというものを怖がった方がいいと思った』
◇
それを読み、覚悟は決まった。
◇
ホワイトチーズシチューを机に並べる。彼の分と、私の分。
扉がノックされた。彼が入室し、いつもと同じあいさつを交わす。そして、もういい時間だし、夕食を一緒に。
私たちは席につき。黙々とシチューを口に運ぶ。
だが、空気は重くない。そして、一皿を食し終えた彼が口を開いた。
「俺、な」
「うん」
「ヒトだ。君と同じ時間は生きられない」
「うん」
「だけど、君と同じ時間を、生きたい。だから」
そして、彼の燃えるような瞳が、私を焼く。
「俺も、長命種になるよ」
その言葉に、私はしばらく口が開かなかった。
長命種になる……? そういう方法もあるにはあるけど。全て現実的な物じゃない。
全て、命を捨てる覚悟が無いと得られないものばかりだ。
「そのために……俺、ドラゴンに挑む。ドラゴンを狩って、その心臓を食べる」
「そ、そんなことしたら」
「ああ、ヒトじゃなくなる。でも。長命種になれる」
ドラゴンの心臓を食べると、ヒトは数百年も生きられるようになるという。
だが、この国のルールでドラゴン狩りは罪だ。少なくとも、騎士団とかにはいられなくなる。
「騎士で勇者になれないのは……心残りだけどさ。君にとっての、勇者でありたいから」
そうか、彼はそこまでの覚悟をもって、今日来たのか。
なら。
◇
「私ね」
「ああ」
「アルバニアンだから、アナタと同じ時間は生きられない」
「ああ」
「だけど、あなたにそこまでの覚悟をさせて、私がただ待つのは、不公平」
そういう彼女は、決意を込めた目に、俺を写す。
「私、待つよ。何十年でも、死ぬまでずっと。貴方が、ドラゴンの心臓を食べて、帰ってくるまで。信じて待つよ……その先で、貴方の勇者としての歴史、私に編纂させて」
その言葉には一片の迷いもなく、真っ直ぐとした言葉だった。
「ありがとう、リサ」
「ううん、アナタを、愛するなら、これくらいの覚悟なんて、何でもないよ」
◇
それから、準備に数か月。すっかり春も終わりそうになっていた。
グラビウムは騎士団を去り、ドラゴンを狩る準備に明け暮れている。
勇者という称号を得たいという少年のような夢を捨てて、私と添い遂げるために。
死ぬかもしれない旅へ赴く準備を。
なら私も、それ相応の覚悟を決めたい。
私は一粒の植物の種を手に入れた。
この種が、私の覚悟の、証。
◇
今日、俺はドラゴン狩りに出発する。ドラゴンは、ここからかなり離れた場所に生きる、目撃情報も少ない種族だ。少なくとも、十年は見越した旅になるかもしれない。
でも、その十、二十年で、彼女と一緒の時間ができるなら、安いものだ。
そして塔の前。一晩、リサとのヒトとしての最後の時間を過ごし、俺は旅に出ようとすると、彼女は手を出してきた。
リサが差し出してきたのは、一粒の種。
「これは?」
「50年草。五十年間、世話をしないと枯れちゃうっていう、とてもデリケートな花の種。私、これを植えて、待つことにしたの」
そう言いながら、彼女は庭にその粒を植えた。
「この花の前でね、愛を誓えば、永遠になるっていうんだ。だから」
―――あなたが長命種となったら、この花の前で愛を誓いましょう。長い、永い愛を。だから、生きて帰ってきて。
◇
石造りの塔の傍、一人の女性が一輪の花の世話をしている。大切に、大切に。
女がこの花を育て始めてから、すでに五十年の月日が流れた。しかしこの長命の花は枯れず、長命たる女も若々しい見た目だ。
その女の後ろの方。野に出来た道をゆっくりと歩く、若い見た目の男性が一人。ボロボロの鎧を着たその姿こそ落ちぶれた騎士の様だが、目には、力強い光が灯っている。その腰には、錆び付いた剣と、一冊のボロボロの小冊子が。
彼の視線に、女が映る。ふっと彼は笑顔を作り、声を……かけようとした。
その時、塔から一人の青年が出てきて、その女に親し気に声をかけた。
その青年を暖かな表情で見る女。
その瞬間、彼の中で何かが壊れかけた。
ぐっと歯を食いしばり、その青年に剣を持ち、襲い掛かりかけて……剣を握る手に込めた力を緩めた。
◇
五十年。俺にとっても長かった
それは、彼女にとっても同じだろう。
だから、仕方がない。彼女の隣に付き添えたのは……結局、俺じゃなかったという事だ。
肩を落とし、これからの事も考えられないが、どうしようかな。なんて半ば呆然、半ば絶望の感情に支配されながら、道を戻ろうとすると。女が、リサが俺に気が付いたようだ。
そして目を丸くし、駆け寄ってくる。
走り慣れていないであろうに、靴が脱げるのも構わず、走ってて寄ってきてくれた。
「お帰りっ……本当に、お帰り……っ!」
涙を流し、俺の胸にぶつかり、抱きしめてくる
俺が混乱していると、青年が寄ってくる。
その表情は、驚きと喜びに彩られていた。
「も、もしかして……父さん。ですか?」
◇
男と女が、一輪の花の前で再会した。
その花の色はとても美しく、この前ではどんな宝石でも色あせるかのような。そこまでの美しい花。
「ごめん。ドラゴンとの戦いで色々あってさ。五十年もかかってしまったよ」
「ううん、いいの。生きていてくれて、それだけで」
「もう俺は勇者じゃないし、勇者にはなれないけど。五十年前の約束、果たすよ」
「うん」
涙をハラハラと流す女と、その前に膝まづいて、騎士の礼をとる男。
「愛しています。俺に、君の残りの時間全てを、預けてください」
その言葉に、たっぷり時間をおいて、彼女は泣き笑いの表情で答えた。
「はい」
これは、50年越しの、愛の物語。
長命種に恋をした青年と、青年に恋をした長命種の、愛の物語。
「ただいま。リサ」
『50年草』 バルバルさん @balbalsan
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