第28話 覚悟
「さあて、ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な」
等間隔に間を置きながら、人差し指をリンリと羽田に向ける尾野は、楽しそうだっ
た。
「尾野さん! ちょっと待って!」
百葉が、慌てたような声音で尾野を睨む。
「本当に、リンリにやらせるんですか…?」
「まあな。こいつにその気があるのなら」
「尾野さん!」
百葉は、縋り付くように尾野の胸倉を掴んだ。
「またアレでもいいんじゃない? 話は俺が通しておくからさ」
警察組織の幹部・羽田が、表向きの仕事、喫茶店のオーナーらしく洗ったコップを
拭きながら爽やかに笑う。
「リンリ君と百葉ちゃんのためにはならないと思うよ? 尾野。あいつをもう一回
ブタ箱に入れようよ。で、俺の権力で脱獄させて…、それからでも遅くないんじゃな
い?」
「羽田さん…何を…」
先ほど、尾野から聞かされた、ジムと場内造の過去。彼らは同じ仕打ちを、犯した罪の割に合わない罰を再び与えようとする。
「それが、あなたの『処刑』ですか…」
リンリは腸が煮えくり返る思いだった。体温が上がっていくのを肌で感じる。
本当の『処刑』ってやつを教えてやるよ。
いつか、尾野が言っていた言葉。
本当の『処刑』。
場内に対するそれが、尾野にとっての『処刑』であることを直感し、リンリが今まで見てきた『処刑』なんて、ちっぽけで可愛らしいものだと痛感した。
あまりの凄惨な内容に、リンリはとうとう涙を流した。
受刑者が痛みに悶え苦しむような刑が、尾野にとっては復讐の一過程に過ぎないこと
に、苛立ちを抑えずにはいられなかった。
『リンリ…』
なかなか切断されない腕をぶらぶらと垂らしながら涙と鼻汁を流す母の顔が、フラ
ッシュバックする。
あんな思いをした母にとっての『処刑』は、尾野にとっては…。
こんなやつに…。
こんな『処刑』を冒涜するようなやつらに…。
「切ります」
抱えきれない怒りを抑えて、リンリは宣言した。
「僕が、場内さんの腕を、切ります。殺人未遂及び暴行罪で」
「リンリ!!」
百葉の怒声を聞き流し、リンリは尾野の双眸を挑むようにして睨みつけた。
「切れ味が悪くても、錆びついていたとしても、僕が一撃で、『処刑』してやります」
「いい覚悟だな。ついてこい」
今いる喫茶店の厨房へといざなわれたリンリ。
床についた取っ手のようなものを引くと、一メートル四方に床が開き、薄暗い空間の先には下り階段が続いていた。
数段下ると、人間一人分は簡単に入る大きさの箱が部屋の真ん中に置かれていた。
そして、尾野は箱を空ける。
中には、大きな黒い布と、その黒い布とは対極の白いヤギ頭が、整頓された状態で
収納されていた。
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