第25話 スリム

 「おおリンリ! なんだか久しぶりネ!!」


 こちらこそ、久しぶりに四階へと足を運び、『ジム・アジムのジム』の前に立つ、

ジムのオーナーの安心院ジムが、事務作業で凝り固まった筋肉をほぐすように自分の

肩をもみながらリンリにハイタッチを求めた。両手で。


 「あ、はい」


 筋骨隆々とした巨体が、少女のような仕草で嬌声を上げるのはやはり違和感があっ

た。


 「相変わらず堅苦しいネ! リンリはもっとフレンドリーにならないと、モモハの

ハートはゲットできないネ!」


 「それは別にいいんですけど…」


 「ひっどーい!」


 百葉が、リンリの頭を軽く叩く。


 「ていうか、なんで百葉までいるんだよ?」


 仕事を与えられたのはリンリなのに、なぜか彼女は、自分を監視するようにして一

階の喫茶店から四階まで付いてきた。


 しかし、四階まで、ジムのところまで呼ばれたはいいのだが、一体どうして。


 そうこう考えていると、当の本人が、三階から階段で登ってきた。


 「どういうことだよ」


 弱みを見せないように、敢えて語気を強めて尋ねるリンリに、尾野はふんと、鼻で

笑った。


 そして、概要を話す。


 「雑用だ」


 「はあ?」


 リンリは、虚勢でも何でもなく、心の底から呆れのような声が出た。


 「雑用、知らねえのか?」


 「いやそれは知ってるよ」


 リンリの指摘を嘲笑うように無視し、右肩をポンと叩きながら、正面にいるジムに

声をかけた。


 「じゃあ頼むぜ。こいつ、もやし野郎だけど結構タフだから」


 余計な一言を添えて、ジムの方へと軽くリンリの身体を押した。


 「ワタシもそう思ってたところネ! ウチのジムに欲しいくらいネ!」


 「そっちでもらってもいいぜ。ガキの面倒見るの、疲れたからな最近」


 二人は適当に談笑すると、まずは尾野の方から階段を降りていき、三階へと帰って

いった。


 「それじゃあ、ワタシタチも行くネ!」


 「どこにですか?」


 「ワタシがお世話になってるところネ!」






 「はぁ~」


 すっかり息を切らして疲れ切ったリンリは、山ほどに積み重なった残りの部品たち

を運搬する。


 「助かるよ! ジム!」


 小さな町工場。


 リンリと百葉を順番に見やりながら、ジムの古くからの友人の安養寺洋二(アンヨ

ウジヨウジ)が、本当に助かったように、安どのため息を漏らし、感謝した。


 「ノープロブレム! 今日はワタシの他にも頼もしい助っ人たちがいるからネ! 

何でもお願いするといいネ!」


 息切れの続くリンリの肩をポンと叩き、快活に笑う大男。


 「百葉ちゃんは見たことあるけど、リンリ君、だっけか? 俺っちは初めて会う

な」


 一人称が『俺っち』の安養寺は、まじまじとリンリを見る。リンリも、部品の入っ

た重たい段ボールを運びながら、彼の方に気を配る。


 「モモハのボーイフレンドネ!」


 「ジムっ!?」


 リンリは、事実とはかけ離れた発言に物申したくて、重い荷物を持ちながら彼らに

振り向いた。


 「ボーイフレンドでーす」


 リンリと同様に運搬しているのに息一つ上がらない百葉が、間延びした声で堂々と

嘘をついた。


 「百葉、お前…!」


 この間はジムにボーイフレンドかと聞かれて納得いかなくても否定したくせに、今

は堂々ともう言を吐く百葉。リンリは弁解する気力もなく、はいはい、とため息を吐

くだけだった。






 「っはぁ~」


 疲れ切ったため息をしながら、リンリは中華料理店の一席で料理を待っていた。


 すっかり夕暮れ時。腹をすかせた一行は、ジムと安養寺洋二の行きつけだという店

に入った。


 「どうしたネ! リンリ!」


 「いや…、結構筋肉使うから、疲れたというか…。はい、疲れてます」


 隣の席にいるジムが、大きな腕の手先で背中をバシバシと結構強めに叩く。


「聞くところによると、リンリは喧嘩が強いらしいのに、こういうのはヘタレなんだ

ネ!」


 「うぐっ…」


 ジムが発する『ヘタレ』のおかしな発音を耳にしながらハートを抉られるリンリ。


 「そうそう。リンリは昔から俊敏で、強い一撃を放てる瞬発力はあるんだけど、重

たいものを持ったり、ずっと走り続けることは苦手だもんね~。そんなんじゃ、『処

刑人』なんて務まんないよ~」


 「うっさいなあ。僕が『処刑人』になったら一撃でちゃんと腕を刎ねてやるって

の! それに百葉と違ってスリムなんだよ、僕は」


 「なにそれ、酷いんだけど」


 「えっ…」


 いつもなら、冗談めかして笑いながらリンリのことを手で軽く押しやるはずだった

百葉の態度は、今まで見たことのないような剣幕で、こちらを睨んでいた。


 「…まあまあ。気安いから少しリンリ君は口が滑っちゃったのかな? 単なる冗談

だろ?」


 安養寺が殺伐とした空気を察して、おどけたようにリンリを咎める。リンリの肩に

手を置き、「なっ」とリンリに促す。


 「ああ…、はい」


 百葉の、あまりの変わりように虚を突かれて呆然としていたリンリには、助け船だ

った。まあ、元はと言えば百葉から煽ったのが始まりだったけど。


 「お待たせしました」


 お店の制服を着た若い女性が、両手に一つずつ大きな皿を持ち、リンリたちの席の

開店するテーブルにそれらを置いた。

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