第22話 洒落

 リンリは空の酒瓶を厨房に持って行った際、入り口付近に微かな違和感を感じ取ったのはどうやら気のせいではないらしい。


 普段着よりもはるかに派手なドレスに身を包み込んだ店の主、ミセスローズが目の

前の男たちを前に、へたり込んでいるのが見えた。


 彼女は、ただの疲労ではないことが一目でわかった。


 弱弱しく体勢を崩す彼女を、心配とは程遠い、醜く意地の悪い眼差しで嘲る男が見

えたからだ。


 気付くと、リンリの足は動いていた。


 「へへっ、今日はどうなのよ? 空いてんのか?」


 素早く走りながら、隅にあった用具箱から箒を取り出し、右手に持ちながら引き続

き前進する。


 ヘラヘラと不気味に笑う男の間合いに入り、


 「まあいいや、今日のところはおさらばするぜ、またな…ほぎゃあっ!?」


 無警戒の男の右肩めがけて、得意技の縦切り(打撃)をお見舞いした。


 痛みで、男が失神すると、他三名の男たちが驚きながら、しかしすぐに戦闘態勢に

入った。


 「連れになにしやがんだこの野郎!!」


 「っ!?」


 男は、懐からナイフを取り出し、リンリに襲い掛かってきた。


 情けない話だが、リンリは硬直してしまった。


 こんな目視できるような刺突なら、簡単に縦振りでその手から獲物を落とせただろ

うに。


 しかし、恐怖による硬直から、間合いに入ることを許してしまった。


 脱獄犯の場内造の時とは違う。あの時は、あくまで警察相手だったから。それも、

リンリではなく他者に狙いを定めていたから、不意を突きやすかった。


 今は違う。怒りの矛先が完全にリンリの方向に向いている。


 連れがいるような気配はしていたのに、うかつにも感情で動いてしまった。


 まずい。


 ナイフがリンリの腹に命中する、…直前。


 「っ!? …ぐわぁぁ!!」


 ナイフを持った男の身体が、面白いくらいにクルっと一回転した。


 「うぐぐ…」


 受け身を取りそこえた男は、うめき声をあげながら地面に転がった。


 リンリは、自分よりも少し高い視線を向ける。


 「暴力罪だなリンリ。お前の両手、切り落とさねえとな」


 洒落にもならないような洒落を、殺伐とした空気の中で、愉快に笑いながら言い放

つのは、案の定、リンリが最も憎むべき『処刑人』・尾野輔だった。


 不本意な救いが、またしてもリンリの命を守った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る