第19話 不気味
「なんか嬉しいことでもあったの?」
例のごとく通学路で声をかけられそのまま登校するリンリと百葉。普段とは多少違
うように見えたリンリの様子を敏感に察知して、百葉は単刀直入に尋ねた。
「いや、別に」
迂闊だった。
勘の鋭い百葉は、やはり自分の少しの高揚感をも見逃さない。普段から感情の起伏
が小さいから余計目立ってしまったのだろうか。
「怪しい」
「気のせいだろ?」
「好きな女が出来たとか?」
「いい加減にしろって。…そろそろ校舎に到着するから、僕はもうこの辺で
駆け足で、自分の教室がある棟へと逃げ去るようにして彼女から離れた。
楽しかった。
たった一回の手伝いで始めた仕事が、ここまで楽しいものとは思えなかった。
厳しい時もあるけれど、仕事をしている時は嫌な過去をすべて忘れていられる。そ
れもまた良かった。
そして、ユキ―リンリが思いを寄せる女性—に、会えるのも楽しみの一つだった。
何も彼女だけが楽しみだとか、そんな不純な考えは一切ない。彼女は数ある楽しみの
ほんの一部だ。
ミセスローズの体調が戻るまでは、少しだけ少ない給料でいつでも働くことが出来
る。だからリンリは、純粋な仕事への楽しみと、彼女に会える楽しみの両方を抱え
て、今夜に思いをはせた。
明日はユキさん、予定があって仕事には来れないらしいけど、ずっと働いていれば
また会えるだろう。
そんなことをぼんやりと考えながら、今日もミセスローズのお店ほどではないが、
喋り声が飛び交う教室で、教師がロボットのように読み上げる教科書の英文を聞き流
す。
「あいつ、最近静かだよな」
「なんかあったのか」
「さすがに友達作りたくなったんじゃないのか」
「男子たちがイジメるからよ」
「イジメてねえし!」
「今度、あいつ昼飯誘ってみようぜ」
なんだか周りに勘違いされているようだが、弁解するのも面倒だったのでそのまま
にしておいて、リンリは時間が早く経ってほしいと願うように、壁にかけられた時計
を凝視した。
そして迎えた、夜。
今日もまた、昨日のような快感が得られる。
そう、思っていた。
「いらっしゃいませ…」
「よお、清宮! 久しぶりだな!」
リンリにとっては赤の他人の、少し横柄で高圧的な印象を覚える男が、ミセスロー
ズに不気味な笑みで笑いかけた。
目を合わせたミセスローズの横顔は、まるで時間が止まったかのように固まってい
た。
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