第17話 光り輝く夜
「リンリくん、まだー?」
「はいっ、すいません、今すぐ!」
光り輝く夜だった。
北区の街並みなんかよりも、鋭く、色とりどりに光る店内は、めまいがしそうなほ
どに光り輝いていた。
リンリは、その眩しい店内の調理場で、配膳という仕事を頼まれた。
「リンリくん、こっちも仕上がったから持って行って!」
中にいる男性スタッフたちに急かされながら、リンリは目まぐるしくキャバクラの
店内を動き回った。
「お待たせしまし…、あっ!」
グラスにいるれための氷を『お客様』の太ももにぶちまけたリンリ。
「えっ」
飼い犬のようにヘラヘラと笑いながらキャバ嬢と談笑していた壮年が、その綺麗に
着こなされた背広に似合うような威厳のある鋭い眼差しでリンリを睨みつけた。
「すいません!!」
慌てて謝ると、キャバ嬢もすかさずフォローに入った。
「ごめんなさ~い。この子、今日から働き始めた新人なのよ~。この子、これから
成長していくから人生の先輩として教育してあげて」
「へえ、そうなんだ」
キャバ嬢が壮年の手を取り優しく諭すと、顔がみるみる柔らかくなっていった。
「じゃあ、さっそく教育してやろうか。ほら少年、俺の靴を舐めてくれい!」
壮年が笑いながら自分の足元を指さす。
リンリは、キャバ嬢と、心の広い壮年に感謝しながら、
「はい! 喜んで舐めます!」
地面に膝を付けて素早く壮年の足元へ移動した。
「おっ、おい…!」
「リンリ君っ!」
「はいっ!」
「冗談だよ坊主…」
二人は、顔を引きつらせながらリンリを見下ろしていた。
「あっ、すいません…」
リンリは、クソ真面目である。
冗談が通じない。
「はあ…」
休憩室で、リンリは大きくため息を吐いた。店内の豪奢な照明やソファとは程遠
い、ごく普通の照明とパイプ椅子の方が、子供のリンリには心地が良かった。
「もうギブアップか~?」
調理場にいた先輩の酒本が、休憩室に入り、近くの椅子に腰かけた。
「あ、お疲れ様です」
「初日から新人をここまでこき使っちまったからな。今日はぐっすりだな」
ほら、とリンリに缶コーヒーを差し出す坂本。
「あっ…、どうも」
手に取った缶は、今まで握ってきたものよりも暖かかった。
働き始めた時は、先輩や客に感じていたプレッシャーが苦になっていたが、それは
もうほとんどなくなっていて、むしろ仕事が楽しいとすら思えた。
「ローズ姉さんの紹介だろ?」
「紹介と言いますか…。いえ、紹介です」
自分から図々しく手伝いに来た、なんて言えなかったので、紹介してくれたという
ことにしておいた。
「あの人、頑張りすぎるからな~。ほら、また声が聞こえてくる」
ミセスローズは、仕込みの間こそ休養を取れていたが、店が開店するとともに、リ
ンリの何倍も忙しく目まぐるしく店内を動き回り、それでも対応する客全員に丁寧な
トークで心地良い気持ちにさせていた。人の表情などを読み取るのが苦手なリンリで
も、客の態度が彼女かそれ以外のキャバ嬢かで、圧倒的に違っていた。
実のところ、リンリは、あのビルの人間たちは、粗雑でいい加減な性格だと第一印
象で判断し、仕事もろくにやっていないと決めつけていた。しかし、この前の尾野の
振る舞いや、彼女の努力と熱意を垣間見て、自分の無知を恥じ、申し訳なく思った。
「謝らなきゃな」
「ん? なんか言ったか?」
「い、いえ、何でもないです!」
思わず呟いてしまったリンリは、慌てて誤魔化す。
「じゃあ、そろそろ再会すっかね!」
「先輩は休憩時間もう少し残ってますよ? いいんですか?」
先に座ったリンリよりも先に席を立ち、出口へと向かおうとする酒本は、こちらを
振り返り笑いかけた。
「お気遣いありがとよ。でもな、俺、ここで働くのが楽しくて、正直、休憩なんて
いらねえって思うくらい、ずっとあの場所に立ってたいんだよ。姉さんには『ちゃん
と休め』って怒られるだろうけど」
「酒本さん…」
リンリも、少しではあるが、仕事をしている最中の、酩酊のような、あるいは高揚
感のような浮き立つ気持ちになった。彼は、その何倍もの『やりがい』というものを
感じているのだろうか。
「姉さんには感謝しかねえよ。この店を開いてくれて、ろくでもないガキだった俺
を拾ってくれたんだから」
言葉通り、感謝を噛みしめるような様相で、ドアを開けた。
賑やかな喧騒と煌びやかな照明が、ドアの隙間から溢れだした。
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