第15話 頼りない

 朝。


「おっはよ」


 通学路で、例のごとくリンリの肩を軽快に叩くのは百道百葉。


 「よお」


 「な~んか、元気ないね。せっかく処刑を克服したっていうのに」


 「いや、あれで良かったのかなって」


 一昨日、警察から逃れた彼を憲兵で捕まえなおし、処刑することで彼は自由を手に

入れた。憲兵が身柄を捕まえ、刑を実行したので、警察側での懲役刑が免除された。


 場内造は、もしも今、交番を通っても、切り落とされた腕と『非処刑者証明』によ

って捕まらない。


 ただそれは、良い面を言っただけで、彼がこれからの日常を今まで通り過ごせるわ

けではない。


 切り落とされた腕は、罪を償った証明としては役に立つが、視線という名の地獄が

待っている。


 リンリの母と同じ運命が待ち受けている。


 場内造は切られた痛みも癒えぬまま、止血だけをした身体で娘の結婚式へと出席し

た。


 腕を失い、ぶらぶらと風に煽られるように揺れ動く袖で。


 彼の娘は喜んだだろうか。


 醜態だっただろう。突然やって来たのが、片腕を失いまだ血の臭いが残る壮年で、

娘は恥をかいただろう。


 娘の婚約者、そしてその彼の家族はどんな顔をしていただろうか。娘と父親の再会

を純粋に喜んでいた人間は皆無だろう。


 本当に、良かったのだろうか。


 彼の願いは、本当に叶ったと言ってしまってもいいのだろうか。


 心臓の鼓動が早くなった。


 『お前の母親は犯罪者だ~』


 『汚いお腹から出てきた汚物だ』


 『お前もその腕を切り落とされたらどうだ?』


 『正念場さん、あんなことをする人だったってね~』


 『大人しそうな人が、意外と…、怖いわよね~』


 昔の記憶が蘇る。


 「なにも知らないくせに…」


 「リンリ…?」


 場内も、母も、何も知らない第三者に好き勝手言われて、その家族も巻き込まれ

て…。


 せめて、自分が処刑人になって、すぐにでも、罪人の腕を切り落としてあげたい。

切り落とし、清算された人の『今後』を、救ってやりたい。


 リンリが憲兵を志す理由。


 手に柔らかい感触が伝わったのは突然だった。


 「百葉…」


 リンリの手を取った彼女は、その手を強く握りしめ、リンリを真っすぐと見つめ

た。


 小柄で肉感のある彼女はどうしても、その小さく丸い体格のせいで威厳がない印象

を覚えるが、その真っすぐと射すくめるような強い眼差しは、彼女が決してただの女

の子ではなく憲兵第一科を目指すエリートであることを思い出させるほどに凄みがあ

った。


 頼りない風貌が、リンリの乱れた心音を強く静かに整える。


 百葉は、そっと手を離し、何事もなかったかのように、早歩きで自分の教室がある

校舎へと進んでいった。



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