第12話 縦
「じゃあ、行きましょうか」
号泣から数分後、すっかり泣き止んだリンリは、脱獄犯・場内造を憲兵のもとへ送
り届けようとした。
「君に会えてよかったよ」
先程、涙を流したばかりなのに、再び目の奥が熱くなりそうになる。
「また泣かせるつもりですか」
リンリは、勘弁してくれ、と顔をしかめながら冗談っぽく言うと、彼は、照れくさ
そうに、ふふっ、と笑うだけだった。
特別な経験だった。
彼に会う前は、きっと往生際が悪いから武力で制圧してやる、と腹を括っていたの
に、今ではすっかり彼の人となりに魅了されている。
こんなに穏やかで優しい人が、本当にどうして、という気持ちが強かったが、それ
でも他人には見えない事情というものがあって、それがきっと彼を『犯罪者』なんか
にしてしまったのだろう。
結婚式までは、あと三時間。
憲兵に引き渡して、尾野に連絡して、『処刑』が完了するまでに一時間を要する。
刑までの時間が早いのは憲兵の特徴だ。だから、腕を切り落とされた母さんは、無実
を証明するまでの時間なんて、なかったのだ。
それでも、リンリは、彼の腕を切ってやりたかった。
しかし…。
「場内造!」
親切にしてくれた男のフルネームを、彼と同い年くらいの男が呼んだ。
声の方向に振り向くと、紺を基調とした服を纏い、腰にはいくつかの道具を携えた男が二人。
この前会った、ガラの悪い輩のような人間とは対照的な、忠誠心の強そうな、毛並
みのいい男たち。
「そんな…」
警察。
きっと、この静かな場所にたどり着く前に、近隣住民の通報を受けて、ここまでや
って来たのだ。
「逃げましょう! 早く!」
リンリたちは、走った。
空気を切り裂くような勢いで、今まで出したことのないようなスピードで。
「がっ!?」
それでも、一般人の自分たちは、長い間肉体を酷使するように日々鍛え上げられた
彼らから、あっという間に捕まえられた。
「観念しろ」
関節技をかけられ、地面に抑えつけられたリンリたち。
場内造を抑えた男は、腰から手錠を取り出し、彼の両手にかけようとした。
「待ってください! この人は、…ぐっ」
「君は黙ってなさい! 本当なら、犯罪者を庇ったことで、君は共犯だ! 今回は
見逃してあげるから、こいつが拘束されたら、大人しく帰りなさい」
大の大人の力を振り払うことが出来ないリンリは、大人しく彼が再び拘束される様
をただ見つめることしかできなかった。
腕を切り落とされた直前の母は、こんな気持ちだっただろうか。
自由を束縛され、希望を断絶されるのを、されるがままに、その瞬間を見送るしか
ない。
唯一できることは、叫ぶことだけ。
尊重されない言葉を、ただ叫ぶことしかできなかったのだろうか。
『リンリ…』
また、自分は無力なのか。
無力のままなのか。
傷ついて欲しくない人が傷つけられる様を、見ることしかできない。
嫌だ。
「なっ!?」
「このガキっ!」
自分の中をせき止めていた限界が、急に突き破られるような感覚を覚えた時には、
リンリは地面に立っていた。
警官たちは、リンリが立ち上がっていたことに驚いていたのではない。
「うぉぉぉぉ!!!」
リンリは、立ち向かった。
警官から奪った警棒で、丸腰の方の肩に、強烈な打撃を加える。
光線が降り注ぐようなスピードで振り下ろされる縦攻撃。
憲兵学校に通い始めてから、授業以外でも日々、自分を鍛え続けてきたが、縦の振
りだけは特に、誰にも負けないようにと鍛え上げ、今では毎日千回振り続けている。
全ては、憲兵の『処刑』を変えるように。
優しい『処刑人』に、なるために。
そして今は、目の前のこの人を守るために。
「ぐぁっ!」
警官の一人は、気を失った。
「おい、大丈夫か…、ぐっ」
もう一人の肩にも打撃。
鍛え上げられた大人たちも、警棒、そしてリンリの努力による攻撃に、耐えられず
気絶した。
「き、君は、何者なんだ…?」
「…行きましょう」
場内造の問いに応えることなく、地面に伸された警官に一瞥だけを送り、リンリは
目的の場所へ歩き出した。
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