第11話 人間

 「場内さん!」


 待ち合わせを予定していた時間から五分が経過して、予定していた場所に到着する

と、脱獄犯は、すでにそこにいた。


 「やあ、リンリくん」


 コンクリートに尻を付けて、遅刻してきたリンリに優しく笑いかけた。脱獄犯らし

からぬ落ち着きはらった態度に、リンリは少々面食らった。


 「遅れてしまってすいません!」


 「いやいや、いいんだよ」


 深く頭を下げて謝罪するリンリに、慌てて頭を上げさせようとする。


 「君が、こんな犯罪者のために来てくれるだけで、嬉しいよ」


 「場内さん…」


 「ありがとう」


 「っ…!?」


 リンリは、人から礼を言われたことが、あまりなかった。


 母の腕が切り落とされた日から、多くの友人を失い、学校の教師にまでも厄介者扱

いされて、感謝の言葉など、父や母以外から受け取ったことがなかった。


 自分によく構ってくれる幼馴染の百葉の口からも、聞いたことがない。


 だから、今こうして感謝をされると…。


 「リンリくん?」


 「うっ…あぁ、ありがっ…とう、ございます…!!」


 先日会った時とは逆の状況。リンリは、両目から急激に溢れ出す涙を、せき止める


ことが出来ずに、肩をひくつかせながら涙を流した。


 リンリは、意外と涙もろかった。


 悲しみから来る涙は何度も味わってきたが、リンリは今日、生まれて初めて、嬉し

泣きというものを味わった。


幸せな時間を手に入れるために腕を切り落とす、なんて考えをした彼を憎んでいたは

ずなのに、その感情は、いつの間にか、消えてなくなっていた。


場内造という『人間』の情の深さを垣間見たリンリは、もう彼を『犯罪者』として強

く意識することはなかった。




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