第7話 案内

 「せっかくだから、このビル、案内してあげる」


 自称処刑人・尾野輔の部屋を後にすると、先ほど、あまり口を挟まなかった百葉

が、リンリの腕を掴んで、強引に引っ張った。



 それからは、彼女のビル案内が始まった。




 処刑人事務所の上、四階は、ジムだった。


 「ハロー! モモハ!!」


 ガラス張りの戸を開けると、カウンター越しに座っている大柄なスキンヘッドの男

がむくっと立ち上がり、百葉にハイタッチした。


 「やっほー、ジムジム~」


 「お久しぶりネ! 元気してたカ!?」


 「一週間ぶりね! この通り、元気だよーん!」


 二人のハイテンションに少しだけ疎外感を感じていると、外国人の男の視線が急に

リンリの方へ向いた。


 リンリは、思わず肩をすくめた。


 「このボーイは、百葉のボーイフレンド?」


 「ボーイフレンドって…」


 あまりに明け透けで堂々とした聞き方に、リンリは少しだけ動揺した。


 「違うよ。残念ながら」


 しかし、百葉は、淡々と否定した。その瞬間、彼女に少しだけ翳りが見えたのは気

のせいだろうか。


 「私の幼馴染」


 「ワーオ! そしたらジャパニーズで『イイナズケ』ってやつネ!」


 「あはは、違うってば。リンリは友達。ジャパニーズで『マイフレンド』ってやつ

だから」


 「またまた~。モモハは照れちゃっテ~」


 大きな彼は、幅広い肩を真ん中に寄せながら、両手を合わせ、くねくねと自分の身

体を揺らした。


 ゴツイ割には、機敏でかわいらしい動作をする人だな、と思った。


 「キミ、いまワタシの体格には似合わない動きって思ったネ!?」


 「なっ!?」


 急に図星を指されたリンリは、固まって嘘が付けなかった。


 「…すいません…つい…」


 正直に謝ると、外国人は、ニコッと笑って、


 「別に気にしてないからいいヨ! ワタシの『鉄板ネタ』ってやつネ!」


 「はあ…」


 呆気にとられながらも、とりあえず優しい人で良かった、と胸をなでおろした。


 「じゃあ、ジム! 自己紹介!」


 百葉が、スキンヘッドの大男に人差し指を差した。


 「ワタシの名前は、安心院ジム! この国の血が混ざった、ハーフってやつネ!」


 「あじむじむ…」


 リンリは名前を復唱する。


 「で!」


 百葉が割って入る。


 「ジムジムはね、このジム、施設名は『ジム・アジムのジム』で、トレーニング以

外にも事務をしてるのっ!」


 「えー…、ちょっと待てよ? ジムが『ジム・アジムのジム』って施設で事務をし

てる、ってことで合ってるか?」


 「そうデス! あんた頭いいネ!」


 『ジム・アジムのジム』というジムで事務作業をする安心院ジムが事務的とは程遠

い朗らかな態度で拍手した。


 




 「あら~。いらっしゃーい」


 体の表面をそっと優しく撫でるような声音で出迎えたのは、キラキラした装飾がつ

いたドレスを身にまとう大人の女性。店内もまた彼女のドレスのようにキラキラと輝

くのだろう。


 「やっほー。ミセスローズ」


 「やっほー百葉。最近また可愛くなったんじゃない?」


 「あら嫌味ぃ~? いくら可愛くなってもミセスローズには適わないわ」


 開店前のキャバクラで、未成年の女の子が艶やかな大人の女性とフランクに挨拶を

交わす光景は何とも不思議だ。


 「そのかわいい顔した男の子、だあれ?」


 女性が、リンリのことを足元から頭までゆっくり見つめる。リンリは年ごろの男子

なので、その状況が何ともくすぐったくて、もじもじとそれが終わるのを待つしかな

かった。


 「あー、わかったー!」


 先ほどの安心院ジムのように、両手を合わせてリンリと百葉の関係に変な期待を持

ち始めた。


 「彼氏でしょ?」


 「違います」


 彼女が言いきる前にリンリはつい、食い気味に否定した。


 「もーっ」


 百葉が、頬を膨らませる。


 リンリはそれに苦笑した。


 「あらあら、気持ちは一方通行みたいね」


 「ちょっと、ミセスローズ!」


 百葉が取り乱す。勝手にそういう仲にされたことがよっぽど嫌だったのだろうか。


 怒っているようにも見える百葉を眺めていると、突然だった。


 柔らかくて暖かい手が、リンリの手を優しく包んだ。


 「じゃあさ、お姉さんのことは、どう思う?」


 声の方向に耳を傾けると、ミセスローズが甘い声と、とろけるような表情でリンリ

をじっと見つめていた。


 感触は極上で、触り方もこれまた相手の心を丸裸にしてしまうほどに上手な手つき

だった。リンリには、母親以外の女性と触れる機会などほとんどなかったが、これが

その道のプロなんだな、とすぐに分かった。


 「あっ、いや…」


 彼女は、左手を自分の胸元にやると、襟を下に引っ張った。


 「ちょっと!」


 「ミセスローズさん!?」


 そこには、ふっくらとした色白の胸が、バラの花のような赤い下着に包まれている

のが見えた。


 「ほら、もう少しで、見えるよ?」


 「なっ、ななな! 何言ってるんですか!?」


 「ふふっ、冗談よ」


 彼女は、掴んでいた手を放し、意地悪な笑みを浮かべた。


 リンリは、変な汗をかいた。


 百葉は、声を大にして取り乱した。


 「なに発情してんのよ!?」


 「発情いうな!!」


 そんなこんなで、このビルの人気キャバ嬢『ミセスローズ』と出会った。






 「はぁ~」


 「どうしたの、リンリ?」


 「なんだか疲れた」


 彼女の案内が一通り終わったところで、一階の喫茶店でため息を吐きながら紅茶を

すする。


 「まあ、あの人たち、ちょっとクセ強いからね~」


 百葉が、クスッと微笑する。


 『処刑人』の尾野輔を始め、このビルには個性的な人たちが多すぎて、リンリは感

慨に疲れた。


 しかし、尾野の部屋での一件は、忘れられなかった。


 処刑人のプロを感じさせる目つきと、そんな彼がリンリを求めているという事実。


 「早速、今週末からだね」


 「ああ…!」


 そして、彼からもらった初仕事。


 一ヵ月前、警察に投獄されたが、つい昨日、脱獄した窃盗犯。


 「僕の手で、捕まえて見せる!」


 その窃盗犯を、憲兵サイドが捕まえて、処刑する。


 憲兵、そして、処刑人・尾野輔の手柄にする。


 「その意気だよ。三階の彼もきっと喜ぶさ」


 爽やかな大人のお兄さん―『羽田(はた)』という男が、リンリの意気込みを褒めた

たえた。

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