第6話 復讐
「ていうか、知らない人に僕の個人情報をべらべら喋るなよ」
「えへへ、ごめんごめん」
百葉は笑ってごまかした。
「でも、もう知ってる人になったからいいじゃん?」
「あのなぁ…」
リンリはため息を吐いた。
「まあまあ少年。落ち着けって」
男は、ジーンズの上から股間をボリボリと掻き、リンリをなだめる。
「百葉がお前のことを教えてくれたから、こうしてお前は俺にお呼ばれされたん
だ」
昨夜の威厳は幻だったのか。だらしなくて、上から目線で鬱陶しい人だなと、リン
リは思った。
「おっと、そういえば、自己紹介してなかったな。俺の名前は尾野輔。好きなもの
は、酒、キャバクラ、タバコだっ。仲良くしようぜ」
けったいな自己紹介にリンリは絶句した。
「よろしくお願いします…」
数秒してようやく声が絞り出せた。
「ああ。よろしくな! …あっ、そうだ。今、柿ピー食ってんだけど、お前にも一
戸やるよ。ほら」
自称『処刑人』は、柿ピーの入った袋から、内容物を鷲掴みして、それをリンリに
差し出す。
「股間を掻いた手で渡さないでください」
ここに来る前は、怒りや恐怖、あろうことか興味のような感情が、頭の中に混沌と
していたが、今ではもう、たった一つの感情が、頭の中に、ただ寂しくぽつんと点在
しているだけだった。
「なんだよ、つれねーな」
彼は、子供のように仏頂面を作りながら、そう吐き捨てた。
その姿にリンリは、ただただ、呆れるしかなかった。
「つれなくて結構です。ていうか、昨日あなたが僕に用があるって言ったからここ
に来たんですけど…。僕だって、あんたに…」
リンリは、彼がなかなか切り出してくれない本題を、こちらから問うた。出かかっ
た復讐心は、不甲斐なく引っ込んでしまった。
「ああ? …ああ、そういえばそうだったな」
「忘れてたんですか?」
「尾野さんそういうとこありますもんねー」
「天然でかわいいだろ?」
ただのアホだろ、と心の中で毒づく。
ごほん、と咳払いをして、ヘラヘラと笑っていた尾野は、急に真面目な顔つきにな
り、真っすぐとリンリを見た。
その緊張が伝染して、思わず息をのむ。
「お前、『処刑人』を目指してるんだって?」
ストレートに問われると、さらに緊張してしまうが、リンリは堂々と振舞おうと努
める。
「はい」
曲がりなりにも、昨夜、暴漢の脅威から救ってくれた男は、鼻から息を漏らして笑
い、リンリを値踏みするような目つきで見つめ、言った。
「お前にその気があるなら、俺の元で働け。本当の『処刑』ってやつを教えてやる
よ」
人間的に完成された人の目つきだった。人生経験の薄い若者のリンリからでも、雰
囲気からよく分かった。
この人には、何か特別なオーラのようなものを感じる。確固たる信念があって、ず
ば抜けた才能があって、数えきれないほどの努力を積み重ねていて。
そんな人が、なんで『処刑人』なんかに、と思ってしまった。
この人だったらきっと、憲兵の中でも低い階級と呼ばれる『処刑人』なんかじゃな
くて、テロ対策の特殊部隊や、憲兵団本部の重役にもなれていただろうに。
一見、ちゃらんぽらんしているようだが、彼は、リンリが目指している道のプロで
あることには間違いない。
リンリは、何の確証もないのに彼を、ただならぬ気配から、『処刑人』だと直感し
た。
だから…
「こんな僕で良かったら、僕に本当の『処刑』というものを教えてください!」
身体を直角に曲げて、リンリは彼に、教えを乞うた。
「ふん、そう来なくっちゃな」
自称処刑人は、歯を見せてニヤリと笑った。
それに、この人が本当の『処刑人』だと確信できたなら、聞いてみせる。
あんな切れ味の悪い斧で、罪人とはいえ他人の命を削って楽しいか、と。
そこまでする必要はあるのか、と。
従順なふりを貫き、プロのもとで経験を積み、近い場所から弱点を探し、見つけ出
して、いつかはこいつを『処刑人』の地位から蹴落とす。
リンリは、腕を失った母のために、復讐を誓った。
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