第5話 無精ひげ
「なんだあいつ」
「今日は大人しいじゃねえか」
「気持ちわるっ」
相変わらず騒々しい教室で、リンリは珍しく彼らの私語を咎めなかった。
ただ、黙っていた。
正確には、昨夜の出来事を思い出していた。
『処刑人』を自称する男。
リンリを不良たちから守った男。
そして。
彼が本当に『処刑人』なら、あいつが母さんの手を直接…。
「会わなくちゃ…」
リンリは呟いた。
真相を知らなくてはならない、と直感した。
彼が、リンリを知っていた理由。
それは…。
「リンリっ! いらっしゃーい!」
放課後。
駅から徒歩五分の雑居ビル。
五階建てのビルの、一階に位置する喫茶店のドアを開けると、カランコロン、とベ
ルが優しい音色を鳴らした。
目の前には、幼馴染の姿。白いシャツに緑色のエプロンを着ており、彼女の小さな
体と童顔によく似合っていた。
「いらっしゃいませ」
お店の台所には、同じく白シャツを着た男性が、ニコリと笑って客のリンリに挨拶
した。
三十代くらいの男性で、シャツからでも分かるたくましい筋肉、日焼けした肌と短
い髪。一言でいうならば、かっこいい大人だ。
そんな爽やかな彼に照れながらも、リンリは百葉に要件を伝えた。
「この建物にいるんだろ? 僕の母さんの手を切り落とした人が」
窓から指す夕陽に彩られた店内に、影を落とすような言い方をしてしまったことを
後悔するが、それでも、リンリの怒りのような気持ちは言葉にして出さないと抑えき
れなかった。
すると、百葉と男性は驚いたように反応し、そしてバツが悪そうに少し下を向い
た。まるで何かを隠しているかのように。
「あっ、ああ…、尾野さんならこの建物の三階にいるよ」
慌てるような口調の百葉が、少しずつ落ち着きを取り戻しながら教えてくれた。
「幼馴染のよしみで私が案内してあげる!」
彼女は、いつもの態度でおどけて見せながら、リンリの手を強引に引いて、店を出
た。
ビルの外階段を上がり、三階にたどり着くと、百葉はインターホンを鳴らした。
「はぁい」
気だるそうな男の声が、インターホンから聞こえてきた。
一方のリンリは、緊張からか、心臓の鼓動が早くなった。
「連れてきましたよー」
「おお、そうか」
尾野という男は、百葉の言葉によって、少しだけ声に抑揚がついた。
プツっ、と通話が切れると、足音がだんだんこちらに近づくように大きくなり、ド
アが開いた。
「よお。待ってたぜ」
寝癖が何か所も目立つぼさぼさの髪と、まばらに生やした無精ひげの『処刑人』
は、リンリの姿を確認し、満面の笑みで二人を部屋に上げた。
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