第3話 処刑人

 迎えた当日。


 中央都市『キャピタル』。この国の首都。


 その北部、『北区』の広場で処刑は始まる。


 「では、定刻となったので、罪人の処刑を開始する!」


 北区の区長の言葉を皮切りに、処刑が始まった。


 縦横十メートル、高さ二メートルの壇上。そのに存在する金属でできた処刑台。


 大きな金属の板。そこに付属した腕を通すための筒状の金具。


 両手を前に組まれ、手錠で繋がれた罪人は、両隣の憲兵二人に挟まれながら処刑台

に上がる。


 「おおっ!」


 「いいぞー」


 「やっちまえ! 最低な暴力野郎!」


 小さな女の子に暴力を振るったとされる男の罪を、部外者たちが一斉に咎める。


 無関係の人間を、楽しそうに。まるでドラマや映画のようなエンターテインメント

だとでも思っている。


 「…」


 罪人の男は黙っていた。


 変わりようのない事実をただ黙って待っていた。


 男は、二人の憲兵に腕を掴まれ、そのまま金属の板に腕を抑え込まれた。


 隆起した筋骨と、それを持つ大きな背丈。


 拘束具を外し、処刑用の筒に彼の右腕を通す。


 握った手は、中肉中背の罪人を絶対に逃さない。リンリは直感した。


 罪人が金具で固定されたのを確認すると、憲兵たちは彼から少し距離を取った。


 誰かのために、底を譲るように。


 人が現れた。


 いや、人の姿をした悪魔というべきか。


 光り輝く快晴に、ひときわ目立つ黒い布。それを全身に羽織っている。


 手には黒い手袋、足には真っ黒な革靴。


 頭部は、角が巻かれたヤギの頭を被っている。


 闇を彷彿させるような黒と、グロテスクを感じさせる白ヤギの頭部に吐き気がし

た。


 そして、その手には…。


 『リンリ!!』


 頭の中で、声がした。


 『私じゃない! お願い信じて!!』


 金切り声で、泣きながらリンリを呼ぶ母の手は…。






 「ああっ!!!」


 男は今、『切られている』。


 腕に、何度も何度も、振り下ろされている。


 「いっ、やめっ…、ああああああああ!!!!!」


 それでもヤギ頭は、止めない。むしろ、彼の痛みに呼応するかのように切ってから

再び構えるまでが先ほどよりも早くなった。


 「おえっ…」


 リンリは、嘔吐した。


 『あの時』と一緒で、なかなか千切れてくれなかった。


 ヤギ頭が何度も振り下ろすその獲物。


 錆び付いた斧は、罪人の右腕を引きちぎるようにして、何度目かの縦切りでようや

く彼の本体から切り離した。


 そしてリンリは、惨状を目にし、その場に倒れた。






 『リンリ!! お母さんを見ないで!!』


 『おめえが悪いんだろ! この泥棒』


 『違う…私じゃない!!』


 『そうだよ! 被害者ヅラしてんじゃねえ!』


 『おめえじゃねえって証拠はあんのかよー』


 『まさか、正念場さんのところがねえ…』


 『色々あるのよ…』


 『今からあのおばさん、どうなっちゃうの?』


 『見ちゃだめよ、ほら、帰るわよ』


 『母さん…母さん!!』


 待って…。


 待ってよ…。


 『ああああああああ!!!!』






 「わあっ!!」


 心臓がバクバクとせわしなく打っていた。


 飛び上がるようにベッドから起き上がると、そこは憲兵学校の医務室だった。


 「大丈夫?」


 百葉が、近くの椅子に座っていた。


 「ああ…」


 リンリは、壁にかかった時計に目をやる。


 八時十六分。


 あの処刑からおよそ六時間が経過していた。


 「僕は…」


 ベッドから立ち上がろうとした時、咄嗟に昼間に遭ったことを思い出す。


 「うっ…」


 頭痛が走った。


 先ほどの記憶に合わせて、余計なことまで思い出してしまった。


 …そういえば、意識を失い始めた時も…。


 「無理しないで、リンリ」


 普段はしっかり者の彼女が、弱々しい声音でリンリを心配した。


 「僕は…」


 リンリは、『処刑人』になりたかった。


 今日の、加害者を必要以上に苦しめるような、『処刑』ではなくそれはまるで仕打

ちのような行為を、変えたかった。


 リンリは、犯罪者の手を、一振りで切り落とせる、優しい『処刑人』になりたかっ

た。


 「まだ安静にした方が…」


 「いや、僕は大丈夫だから」


 無実の罪を着せられた母の、もう二度と帰ってこないあの手を思い出しながら、リ

ンリはベッドから出て、衝動に駆られるようにして医務室を後にした。



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