第18話 追跡と動揺
ボクらが職員用駐車場に行くと、とっくの間に副院長の車はなかった。
「テツロー……。確か鉄壁の守りだ、絶対に院内から逃げられないって言っていたよな」
口を尖らせて指をポキポキと鳴らしながら、ボクは彼につめよる。どんなに警官を配備しようと意味がなかった。逃げられたんだから。
「ま、待ってよ。サーヤせんせ。副院長がこんなに素早く動けるって思っていなかったんだ」
「ああん? 副院長はあれでも町内マラソン上位者だぞ。知らなかったのか?」
珍しくしょぼんとなる加藤。
彼らしくもないミスだ。大村先生をみくびりすぎだ。
さて問題は彼がどこへ雲がくれするかだが。
「おい! テツロー。副院長が行きそうなところはどこだと思う?」
う〜んと唸って眉をひそめる。
ボクが副院長だったら決まってる。物証の有無の確認、あれば持ち出しをする。
「テツロー、行くぞ。ハゲは埠頭の倉庫だ」
急いで自分の車のエンジンをかけ、加藤に乗るようにうながした。時は一刻を争う。ヤケになった副院長が、あたり構わずマイクロブラックホールを撃ちまくるかも知れない。
間に合えばいいが。
アクセルを踏み込みながら、ボクらは埠頭倉庫へと向かった。
※ ※ ※
湾岸の倉庫は数え切れないほどある。ナンバリングされただけのこげ茶色の建物が整然と並んでいるだけだ。
「しかしどの倉庫だよ! 目星はついたのか? テツロー」
業務用タブレットを見ながら、ボクに指示を出す。
「だいたいね。ええと、百二十四のアの九十のあたりだと思ったんだけどなあ」
適当だなあ。いくらブロック毎に整理してあるとはいえ、同じ建物が碁盤の目状に並んでると、方向感覚がおかしくなってくる。さっきから同じ場所をぐるぐる回っているだけのような気がしないでもない。
「……ほんとにこの辺りなのか?」
「サーヤせんせこそちゃんと番号見てくれないかなあ」
後ろからパトカー数台がついてきている。彼らが遅れないようにしなかきゃ。
バックミラーを気にしつつ、案内板と倉庫に割り当てられている番号を確認していく。
「お! これかな。あったぞ、百二十四のアの九十!」
急ブレーキをかけ、車から降りる。
凶器である装置はおそらくこの倉庫にある。
しっかし、この倉庫、でかいな。うちの病院の倍以上はあるぞ。デカイ装置とはいえ、ここから探すのは至難の業だ。
扉は重く、さすがにボクだけの力では開けることができない。警官二人と加藤、ボクの四人がかりでようやく開けることができた。
窓なんてないから倉庫内は真っ暗だ。警官が持っていた懐中電灯を頼りにようやく電気をつけると、中にはコンテナが整然と並んでいた。
「……このなかにその装置はあるんだな?」
加藤に問いかけると、ゆっくり首を縦に振る。
「えっと肝心の犯人はここでしょうか?」と、おずおず警官の一人が加藤に尋ねた。
「たぶんな。自宅にはもう刑事課が行ってる。連絡がないところを見ると、逃げ込む場所はここしかないだろ」
そういえば彼とこうして犯人を追い詰めたことはないな。ボクはあくまでも法医学もやる一介の医者でしかない。って、どうしてボクは犯人逮捕まで手伝ってるんだ?
「……サーヤせんせ、向こうの方を見てくれないか」
彼の声が聞こえて、現実に戻された。
「う、うん。テツロー、わかった」
生返事をすると加藤たちとは正反対のコンテナをチェックしはじめた。コンテナの確認と言っても、錠前が外れているか、チェーンなどが外れているかどうかをチェックするだけだ。
それだけでは中の様子までわからん。副院長が潜んでたらわかんないじゃないか。何となくポケットに手を突っ込んだら、聴診器が入っていた。
試しに手近にあったコンテナの壁に聴診器をあてがってみた。少し離れたところにいる加藤たちの声や足音の残響が聞こえる。耳を澄ますと、もっと直接的な音が聞こえてきた。なんだろう……これ。
————カリカリ。
————ビリビリ、ガサガサ。
引っ掻くような音と紙かビニールを弄る音だ。
明らかに中の方から聞こえてくる。ネズミにしては音が大きい。
こっそり正面に廻ってみると、錠前が外れている。
ここに誰かがいる。
もしかしたら大村副院長かも知れない。
そう感じたボクは、静かに加藤を呼びに行く。
※ ※ ※
「ここ? サーヤせんせ」
小声で彼が言う。
ボクが頷くと、加藤が動いた。
「あ、他の人も応援に……」
忠告を無視して、彼は真っ正面からコンテナの扉を蹴破った。
奥の方から淡い青い光が渦巻いているのが見える。
「バカ! あれはヤバい!」
ボクが叫んだ時はすでに遅かった。青い光が加藤を貫いていた。
それをみたボクは頭の血が一気に沸騰した。
「うぬおおおおおっ!」
ちっとも女らしくもない雄叫びをあげて。
ボクは加藤に危害を加えた男めがけて。
全力で体当たりした。
体当たりした男は馴染みのあるハゲ野郎、恩師である副院長の大村功だった。
逮捕した時のことはあんまり覚えていない。気がついたら加藤をかき抱いていた。
「このバカ! テツロー、起きろっ! 起きろってば! バカぁ……」
泣きながら彼の頬を叩いていた。
死にかけていたところを全力で救った。
いつもくだらない言い合いをして、楽しんでた。
約束通り来ないと落ち着かない。
初めて名前で呼んだ男。
ようやく気づいた。
ボクはこのバカが好きなんだ。
患者としてじゃなく、仕事仲間だからってわけじゃなく、異性として……。
死なせやしない。一度助けた命だ。
彼を抱きしめている間、警察官たちが大村を捕まえた。視界の片隅に副院長のなれの果てが引きずれていくのが見えた。
まるで走馬灯のようにスローモーションで風景が流れていく。
「……さん! 高橋先生!」
救急隊員の呼びかけで現実に戻された。
「……あ、はい」
「そちらの方を病院に運びますけど、よろしいですか?」
ようやく加藤を床に置く。
彼の状態をみるとかなりマズイ。明らかに呼吸はしていない。
救急救命士がバイタルを確認して、受け入れ先の病院を探し始めた。
「お願いします。できればボクの病院で診たいのですが……」
「この近くなら臨港病院です。心肺停止してるじゃないですか!」
心肺蘇生をしている救急隊員が怒鳴った。
わかってる。でも彼はボクが治す。
「ごめんっ! 彼はボクしか治せない!」
自然と拳が強く握られる。ボクはまっすぐ救急隊員の目をみて強く願った。
お願いだ……。なんとしてもボクが治したい。
「……わかりました。先生がそう言うなら。では先生の病院へ搬送します。ご一緒にどうぞ」
隊員はフゥ、とため息をつくと、ボクに救急車に乗るよう促した。
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