第17話 犯人はあんたよ

 加藤から送られてきたメールには副院長の名があった。

 ボクは大村功の過去を知らない。ボクが医者になる前から、既に医者だったからだ。年の差三十三歳。この差は大きい。

 どうして加藤は彼を犯人候補としたのか。そのことを直接聞きたかった。

 万が一のことを考えて、加藤と落ち合う場所を街外れの小洒落たカフェに指定した。仕事の後だから当然私服。


「遅くなった、サーヤちん」

「公共の場でそれ、やめてくれないかな」


 待ち合わせ時刻よりも三十分も遅れてきやがって、まったく。ボクがふくれっ面をしていると、ほっぺを指先でぷにっ、とされた。


「————————っ!」


 思わず全身がかぁっと熱くなる。全身の体感温度が一気に上昇してしまう。た、ただでさえカフェで待ち合わせてるのに、こ、こんなのデートじゃないか! 無意味に沸点があがる。


 はぁ……。呼吸が苦しい。

 しばらくして落ち着いてくると、屈託のない笑顔で加藤が笑った。


「あはは、仏頂面してるからさ。こんなに反応するとは思わなかったよ」

「まったく、ガキっぽいことして! で、本題だ。なんでうちの副院長が犯人候補なんだ? 物理屋じゃないだろうが」

「彼の過去についてどこまで知ってる?」

「元々は外科医だったけど、内科医に転身したってことしか知らない」

「サーヤちんが元々工学部だったように、大村も最初から医学を志してたわけじゃない。元は天文学専攻だったんだ。言っとくけどサーヤちんのように飛び級しまくって、道を変えた人じゃないよ。一度、大学を辞めてから違うところへ入り直している」

「……はじめて聞く」


 意外だった。ボクと同じように何かあったんだろうか。


「天文学専攻で専門はブラックホールだよ。それも超ひも理論で論文を幾つか書いているんだ。バックグランドとしては充分だね。設備も大学時代のコネを使えば、海外の加速器を使えるんだ」


 ん? 確かに理屈を知ってて、設備を使えるけども動機がないじゃないか。その疑問をそのまま加藤にぶつけてみた。


「動機は? 人目がけてマイクロブラックホールを打つっていう感覚がわからないんだが。普段のハゲの言動からは想像もつかないよ」


 オペ中も必死だったし、いつも患者のことを第一に考えていた。その彼がどうしてむごいことをしたんだろう。なにかメリットがあるんだろうか。


「さあ……。それは逮捕してからじゃないのかな。俺は心理師じゃないからそこまではわからんな」


 やっぱりわかんないか。


「で、テツロー。すばり犯人は副院長だと思う?」


 コーヒーを一口すすって一息つくと、彼はハッキリとした口調で言った。


「ああ。たぶん犯人だ。この論文を見てみてよ」


 加藤はタブレット端末をボクに見せる。

 そこには大村功が学生時代に書いた論文ファイルが表示されていた。タイトルは『人工マイクロブラックホールの生成について』と題されていた。よく読んでいくと、マイクロブラックホールの生成手順や安定化のための手法が詳細に書かれていた。


 状況証拠が揃ってしまってる。

 

「……わかった。完全に最有力容疑者なんだね」

「そうだ。サーヤせんせには悪いけどな」


 悪いもへったくれもない。ガンを告知された患者もこんな気分なんだろうな。青天の霹靂とはまさにこういうことなんだろう。


「……でも院内で逮捕するのか? 物証がないだろ」


 慕ってる患者や職員だっている。彼らの目の前で逮捕しちゃうのか?


「院内に物証はないだろうと思う。隠し場所がない。そもそもかなり大きい装置だぞ」

「どのくらいの大きさ?」

「う〜ん。生成した場所は別だと思うけど、封じ込めるだけで長さ五百メートルくらいはいるな」

「ご、五百……。どうやって置くのよ。自宅じゃ無理じゃな!」

「海上から打ってるんだから、埠頭にある倉庫に置いていると思うな」


 加藤によればこれでも小さいほうなんだそうだ。

 前世紀とは違い、強力な超伝導電磁石や効率の良い加速器や封じ込め装置ができたため、このくらいで済んでいるんだそうだ。


「それじゃ、埠頭の倉庫をしらみ潰しに調べていくしかないね」

「逮捕するのはやはり病院だな。捕まえやすいから。装置のありかは白状させた方が早い」


 ボクとしては院内で逮捕して欲しくないな。周りに与えるインパクトが大きすぎる。病院自身潰れかねない。

 

「どうしても病院でか?」

「なんだか病院で捕まえるのは嫌みたいだな、サーヤせんせ」

「そりゃそうだよ。一応、副院長だしな」

「サーヤせんせが説得すればいいよ」

「自首しろって?」

「……無理ならしかたない。力ずくさ」


 警察のいう力ずくがどういうものか、ボクは知ってる。加藤と仕事するのはこれがはじめてじゃない。


「わかった。話はしてみるけど、期待しないでほしい」


 ハゲの目的が何かわからない。患者が増えすぎて外科なんかパンク状態だ。現場からしてみればメリットなしだ。


 妙な宗教にかぶれた? それとも何かの復讐?

 どっちにしろ真相は本人を捕まえてみないとわからない。

 

 ※  ※  ※


 翌朝、診察がはじまる前に副院長を呼び止めた。


「どうした? 沙也加くん」

「えっと……」


 自分でも目が泳いでしまうのがわかる。言い出しにくいじゃないか。

 病院内外には私服警官が配置されてるので、逃げ出すことはできない。ボクに何かあったら、変装している加藤が助けてくれる。そういう段取りだ。

 それでも。

 ボクにとっては拾ってくれた恩人だ。

 

「用がないんだったら、僕は外来に行くよ」

「待ってください!」


 なぜか呼び止めてしまった。

 ええい、ままよ! あれこれ悩むな! 沙也加。事実はありのままに伝えるんだっ!


「なんだね? 忙しいんだが」


 いらだつ大村先生にボクは言い放った。


「先生がマイクロブラックホールを放ったんですよね?」


 一瞬、ハゲの顔がこわばる。やっぱり……。


「何のことを言ってるんだ? 沙也加くん」


————勇気を出せ、サーヤ。


 ふと耳元に加藤の声がした気がした。よーし、やってやる! スーッと深呼吸すると、しっかり彼を見据えた。


「大村先生、あなたは故意にマイクロブラックホールを人に向けて放射した罪で逮捕されます。自首してください」


 副院長の視線が泳いだ。


「何のことかな?」


 声が震えている。

 顔色を変えたと思うと、手に持っていたカルテの束を放り投げ、医局から逃げ出した。


「待って! 山田先生、大村先生を捕まえて!」


 と、思わず叫んだ。

 山田先生の通せんぼをあっさりとかわし、あっという間に医局から廊下へ出た。


「サーヤせんせ、副院長は?」


 息を切らしながら加藤が来る。おせえぇえ!

 近くで見守ってくれてるんじゃなかったのか。

 もう! そんなことより副院長だ。

 考えられるのは————。


「もう建物から出たはず。あ、行くのなら駐車場だ」


 と、走り出すと加藤もついてくる。走りながら無線で各部署に連絡してるのは、さすがだ。

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