第16話 犯人探し
「よ、サーヤせんせ。お久しぶり」
「お久しぶりって週末会ったばかりだろうが」
加藤が来たのは週明けの火曜のこだ。土曜日に会ったばかりだろうが、バカ加藤。
「そこ、閉めてくれよ。午後の診察はじまっちゃうから」
「あ、悪い。一応、機密情報だった」
また患者や看護師たちに『先生が診察室でデートしてる』なんて言われたくないもんな。彼が後ろ手でドアを閉めたのを確認すると、こっちからネタを振ってみる。
「で、証拠はつかんだのか? テツロー」
いつの間にか彼を名前で呼ぶのが自然になった自分に驚く。おかしい……。なんだろ変な気持ち。
「ああ、採取した試料は充分証拠になるモノだったよ」
「で、あれはなんだったんだ」
「結論から言うと、ブラックホールが空気やフェンスと接触して生じた物質さ」
「空気? じゃあ何処から放ったってことか」
「ご明察。さすがサーヤせんせ。これで自然現象ではないことがハッキリしたよ。マイクロブラックホールを弾にした大砲みたいなもんだ」
しかし誰がやったんだろう。可能性は低いと思うけど、地球を侵略しに来たエイリアンかも知れない。それとも加藤みたいに高エネルギー物理が専門のヤツとか……。でも理論物理が専門なら加藤にも心当たりがあるんじゃとか、様々な考えが頭の中を巡る。
「おい、テツロー。まさかと思うけどエイリアンじゃないだろうな」
顎に手をやって首を傾げると彼は、
「ないと思う」とあっさり言った。
「なんでよ? うちらよりも高い文明持ったエイリアンが襲ってきたかも知れないじゃない」
「その可能性はとても低いよ、サーヤちん。考えてもみてよ。惑星や銀河間航海ができるだけの文明を持った宇宙人が、こんな辺境の惑星に来たら、何をすると思う?」
「え? 考えたことないけど、まずは対話じゃないの? こっちも一応知的生命なんだからさ」
「それ、願望だから。世界史上でも高い文明を持った異民族が、自分たちより低いレベルの文明を持った連中を征服したり、虐殺したりしてるじゃないか。レベルが違う文明同士の出会いはそんなもんだぞ」
加藤が言いたいことは分かる。レベル差がありすぎる文明同士の接触は、必ず低レベルの文明が駆逐されるってことだろ。エイリアンから見れば、地球人なんか虫けら同然か、塵のようなモンかも知れない。
「それにさ、サーヤちん。宇宙船が来たという現象は観察されていないんだ。つまりこれは人間のしわざだよ」
「待て! マイクロブラックホールを作るのには、それなりの知識と設備が必要なんじゃないか。そんな人間は……」
と、ボクは息をのんだ。
加藤のように理論物理を専門とし、設備を使える人間。そして危険なモノを人に当てても何とも思わないか、実験かなんかだと思う人間。それこそが犯人だ。
「ねえ、テツロー。犯人って君の近くにいるのか?」
加藤の知り合いかも知れない。どの専門分野も人脈って意外と狭いからな。病理の世界も病理医って数少ないから、ボクが知らない人って新人くらいだ。
「んー。いるかもね。変なヤツ多いし」
筆頭は君だろ、バカ加藤。瀕死になってもまだ実験し足りないのか、復帰したヤツ。別にコンピュータシミュレーションで充分なのにさ。心配させやがって……。あ、患者としてだ。あくまでも患者として。と自分に言い聞かせる。
「そっちの世界の人間は知らんから、テツローのほうで少しあたって見てくれると嬉しい」
「もうやってるよ、うちの大学の設備を使ったんだったら、記録が残る。それに……」
ギリリと歯を食いしばる音が聞こえてきた。あまり感情を出さないヤツにしては珍しい。
「神聖で美の結晶である物理の世界を汚すなど問答無用だ」
……頭が痛い。やっぱりこいつは変人だったか。この物理オタクが!
※ ※ ※
午後、病棟へ患者の様子を見に行くついでに、医局に寄った。自分の机に放置されているであろう回覧やら郵便物やらをチェックしに来たのだ。
自分の席に近づくと、なぜか大村副院長がいた。
「よう、沙也加くん。最近、加藤くんとよく出歩いてるんだって?」
げ! ハゲ。どうしてボクの机に……。きもい。
「い、いえ。別に例の黒いブツのことでいろいろと……」
しかし痛いところを突かれたので、慌てて取り繕う。
いくらボクが法医学者で、警察関係者と仕事をしていても、日常業務が滞っていてはマズイ。
「そうか……。あんまり日常業務に支障をきたさないように。だいぶ書類が溜まってるぞ」
ぐはっ! また印鑑押すもんが増えてたのか。うっとうしいたら、ありゃしない。
珍しくブツブツと小言をいいいながら、ボクの脇を通り過ぎる副院長を見送ると、溜まっていた書類に目を通しはじめる。
しばらく書類を読んでは、印鑑を押す単純作業をしていたが、なんだか違和感をおぼえた。机上にはコンピュータとマウス、ペン立て、雑多な書類が無造作に置かれている。隣とはパーティションで仕切られているが、その上にも書類の山が置いている。手に取りやすいからな。
……。
あ、わかった。書類の位置が前回来たときと違う。汚い机だが下にある書類ほど古く、上に行くほど新しい。患者関連と捜査関係、その他の書類を分けている。
それが今はゴチャゴチャなのだ。
誰かがボクの机をいじったのか? それはないと思う。ボクだけじゃなく、みんな机は汚い。多忙だからな。それぞれ自分ルールで机を使っている。暗黙の了解として、そういう現状がわかってるからこそ勝手に人の机の上はいじらないもんだ。
ボクの机をいじったヤツがいる。
書類を整理しつつ、なくなったりしたものがないかチェックする。
ん? あれ? 土曜日に現地に行った分の報告書がないぞ……。診察室か検査室に置いてきたんだろうか。
あわてて外来に戻って、机の中をチェックするがない。検査室にも書類は転がっていなかった。
考えられることはただ一つ。
誰かがボクの机から捜査関係の書類を持って行ったってことだ。
※ ※ ※
その日の夜に、加藤からメールが来た。
なんでも『おれがかんがえたはんにんりすと』だそうだ。
リストアップされたのは四人。
そのうち三人は加藤と同じ理論物理を専攻する大学生や院生。
残る一人はうちの副院長大村功だった。
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