第15話 手がかり

「そういうわけで、少し話を聞かせてくれないか?」


 ボクは診察室でケバい化粧をしたお姉ちゃんと対面してるとこだ。

 腹にドス孔が空いたあのチャラ男の彼女だ。彼はこの病院での黒いブツの最初の患者だ。

 

「なんでよ? あたしの彼を殺したくせに!」


 まだ根に持ってるのか。まあ、普通はそうだな。助けられなかったばかりか、司法解剖までしたんだから。

 ここはいつも告知するのと同じように冷静沈着に対応しよう。

 スーッと深呼吸して告げた。


「あんたの彼を助けられなかったのは事実だ。謝罪するよ。だがこれ以上の犠牲を出さないためにも是非とも協力してほしい」


 自らの死や親しいものの死を感じたヤツには、美麗美句なぞ通用しない。

 それでも、


「……」


 ピクリと反応した。


「どうして……」と、膝上においていた拳を震わせる彼女。

「どうして彼を救えなかったんですか?」


 正論だ。救おうとしたけど救えなかったっていうのが本音。これは彼女にとって答えになっていないな。


「黒い物体は見せただろ? あれが何なのかわからなかったからだ」


 例のブツはオペと解剖後に彼女に見せていた。説明義務があるからだ。その時、黒い物体が原因だろう、ということは伝えてある。


 言葉を続けた。


「どの医者も正体がわからず、彼氏だけでなく多くの患者が亡くなった。これはボクら医者の責任だ」


 彼女は無言のまま、顔を付せている。耐えてるんだろう。まったくこっちの話を聞かないってわけでもなさそうだ。反論もせずボクからの答を待っているようだ。


「この病院の最初の患者は君の彼氏だ。対応したボクの責務として、この正体を暴いた」


 これを聞いて少したじろぐ。

 内心は黒いブツが悪いと思ってるから反応したんだ。よくある事だが原因がわかっていても、対象が天災や病のような理不尽なものだとあたる対象がない。身近な人間、支援者や医者にあたるしかない。


「……正体って?」 うつむいたまま彼女がつぶやく。

「黒い物体はマイクロブラックホール。とっても小さなブラックホールさ」

「ブラックホール?」

「変に思うか? たいてい宇宙にあるもんだからな。彼氏だけじゃなく患者の体内にあったブラックホールは人工物だ」

「じんこう……って、誰が作ったの? そんな物騒なもの」


 ぶっとんだ非現実的な話から、いきなり現実に戻されてた彼女にボクは笑みをみせた。


「そいつをこれから君の力を借りて探すのさ。復讐するために」


 ※  ※  ※


「休みの日なのに悪いな」

「いえ、先生こそ」


 待ち合わせていた埠頭に、約束どおりケバい姉ちゃんは来ていた。平日は互いに仕事があるので、直近の日曜に現地で会おうという話になったのだ。

 見た目とは違い、ある程度打ち解けると逆に礼儀正しい娘だった。こうして約束の時間にはキッチリ来るし。言葉遣いも丁寧だ。


 彼女には亡くなった彼と一緒にいた場所を教えてほしいと伝えてある。できれば変な光が来た方向も知りたいところだが、きっと動転していたはず。覚えていたらラッキーだけど。


「ほんとにデートしてた場所がわかるだけでいいんですか? それでその男の人は先生の彼氏……?」


 いけね! 診察室で話をした時にバカ加藤が一緒だってこと、伝えてなかった。よけいな詮索されちゃうじゃないか。

 

「ああ、科学捜査官の加藤と言います」


 加藤が名刺を手渡すと、まじまじと名刺とバカ加藤と、なぜかボクを交互に見て、


「へええ、警察……。先生の彼氏は公務員なんだ」


 と、不思議そうにした。バカ加藤は彼氏でも何でもない。仕事上のくされ縁だ、って言っても信じてくれなさそう。

 彼女の誤った認識を修正するのをあきらめ、ボクは本題に入る。


「で、ここなのか。彼氏が倒れた場所は」

「はい。間違いなくここです」

「倒れた時間は覚えてるかな?」


 と、加藤が尋ねると、スマホを取り出して何やら操作する。すばやく指をスライドさせると、一枚の写真をボクらに見せた。穏やかに微笑んでいる二人の右下隅にタイムスタンプがあった。時刻は二十三時三分。


「ちょうど夜中の十一時ごろです。向こうの方からパァって青い光が見えたんです」


 と、彼女は東京湾の方を指さす。


「光を浴びてからどうなった? 救急車を呼んだのは翌朝だよね?」


 あん時ボクはガンの告知中だったし、久しぶりに加藤が来た日だったから覚えてる。


「……直後は何も。二人でアパートに帰ってからも何も。翌朝、『お腹が痛い』って冷や汗流しながら、苦しんでたので、救急車を呼んだんです」


 ん? そういえば患者によって痛みや状態の差があったな。黒いブツを受けた時間差によるものなんだろうか。そのあたり疑問に感じたので聞いてみる。


「ってことは、直後は痛くも痒くもなかったってこと?」

「え、ええ。まあ……。救急に電話したのが朝七時すぎですよ。それまではなんとも」


 調べた限りは最初のグループは、来院した日時が二、三日のズレがあった。果たしてこれが個人差なのか、マイクロブラックホールの大きさによるのかよくわからん。

 このあたりはあとで整理する必要があるかな。


 そんなことより今は犯人の手がかりを探さなきゃ。


 三人で埠頭の付近をぶらついてみる。もしかしたら、痕跡が残っているかもしれないと考えたのだ。


「加藤……まだ歩くのか?」

「……」 


 バカ加藤のヤツ、無反応を決め込んでやがる。あくまでも名前で呼べ、ってことか。もう面倒くさい。ええ、名前で呼ぶよ、名前で。

 

「テツロー、まだ歩くのか?」


 やけっぱちになってボクはバカ加藤を名前で呼んだ。もうこっちは足が痛い。若い彼女と歩くのが仕事のような警察の人間に比べ、こっちは脆弱なんだよ。


「まだだ。せっかく目撃者にご足労願っているのにさ、文句いうのかな? この女医は」

「ぬ、そこの若いの。疲れないのか?」

「え? あたしですか。ぜんぜん」

「ほらみろ、サーヤせんせだけだ」

「ふん、若い娘がいるからって、カッコつけやがって……」


 目をまん丸くしてボクたちのやり取りを聞いていた彼女がプーッっと吹き出した。


「ほんとは恋人同士なんでしょ。こんなに仲いいのに」

「は?」

「へ?」


 なんだか盛大に誤解されてしまったようなんだけど。これというものも名前で呼ぶようにって勝手に決めた加藤のバカが悪いんだ。


「だから名前で呼びたくなかったんだ。誤解されちゃうだろが」

「……約束が守れよ」


 ちっ、融通の効かない男だぜ。


 ボクらの様子を見てクスクスと笑いっぱなしの姉ちゃんとムッツリ黙ってる加藤を見てると、何しに来たのかって思う。なんだかさらし者になってる気分。


「ん?」


 加藤が急にフェンスの一角で立ち止まった。彼が見ているのは変色した箇所だ。


「どした? て、テツロー」

「ああ、サーヤちん。これさ、ちょっとうちで分析したいんだけどいいかな?」

「いいもなにも分析機は科学捜査部のほうが精度高いだろ。いいよ別に」

「そ。わかった」


 軽く頷くと加藤はおもむろに試料採取をはじめた。


「……ぷっ、あ、あはははははっ!」

 

 たえきれずとうとうケバい姉ちゃんが大爆笑した。


「な、なんだよ、そんなにおかしいか?」

「だ、だって……男勝りで怖いことで有名な高橋先生が、『サーヤちん』だなんて。あははははは」


 気恥ずかしさでみるみるうちに体感温度があがる。


「そ、それは加藤のバカが勝手に呼んでるだけだし……」


 なぜか自然と声が小さくなってしまう。よくわからんがあいつといると楽なんだ。自分の気持ちがわからないや。恋愛なんかしたことないし、邪魔だと思ってたし。


「サーヤせんせ、採れたぞ」


 いい獲物がとれたといわんばかりの笑顔で、加藤がふり向く。一瞬、ドキッとしたが、隣にいるケバい姉ちゃんのせいだろう。うん。

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