第13話 確信

「遅いっ! 何時だと思ってる?」

「四時だけど……」

「ボクだって病棟を廻ることがあるんだからな。とっとと話せよ、バカ加藤」


 加藤が診察室を訪れたのは、もう回診の時間が近くなってからだ。午後の診察は一人しか対応しないので、二時には終わる。そのころに来いと言ったつもりだったんだが……。


「だって診察が終わる頃だろ? 邪魔しちゃ悪いからってこの時間に来たんだけどな」


 悪びれもせずに反論してくる加藤。

 そういえばコイツ、曖昧なことは苦手だったな。

 最近、入り浸ってるから特に気にしないで約束してしまった。


「わかった、わかった。もう待ち合わせ時間んはいいから。で、どうして無差別殺人だって考えた?」

「マイクロブラックホールが人にしか被害を及ぼしていないからさ。自然現象、たとえばガンマ線バーストのようなヤツなら、瞬時に終わる。結果が壊滅的でもね」


 ガンマ線バースト。極端な例だ。たしか極超新星やクエーサーの大爆発から生じる高エネルギーのガンマ線の放出現象だ。銀河系内で発生して地球方面に降り注いだら、間違いなく生命は絶滅するって言われてる。


「そもそもブラックホールって天体だろ? 流星や隕石のように降り注いだだけじゃないのか」

「ブラックホールの定義からいえば、必ずしも天体じゃなきゃいけないって理由はないよ、サーヤせんせ」

「はあ? この宇宙で見つかってるブラックホールって、黒いブツ以外は天体じゃないか!」

「ああ、それはそういう例が観測可能範囲で見つかっているというだけだ。ブラックホールの生成には膨大な質量がいるから、巨大な恒星が幾多もある宇宙ではできやすいというだけだよ」

「だろ? だったら……」


 チッチッチッ、と目の前で加藤が指を揺らすしてみせる。

 自信満々だな、おい。


「膨大な質量がなくとも、極端な圧縮さえできれば結果としては同じだぞ」

「ってことは、人工的に圧縮して作ったマイクロブラックホールってコトか……」

「正解だ、さすがサーヤちん。数年前と違うんだ。核融合炉の研究が進んだおかげで、だいぶ高圧縮・高密度の状態を作り出せるようになったからな」

「加藤、どうして人工的だと思った?」

「なあに簡単な事さ。大きさだよ。自然界のものとしては均一すぎる。最小五ミリ、最大五センチの幅があるが、五ミリ単位で径が違うなんて不自然だろ。工業製品かよ」


 なるほど。加藤は大きさが整っていることに着目したのか。


「そのうえ、マイクロブラックホールが生成される程の天文現象は観測されていない。ところでサーヤせんせは人の身体からしか見つかっていないことを問題視してたよな?」

「他にも不自然な点があるんだ。自然現象なら一過性だろ? ところが患者は増えていく一方だからな。まるで人体を狙い撃ちしてるようで気味が悪いと思ってる」

「なるほどなるほど。法医学者ならではの視点ってことか」


 バカにしてるのか、純粋に感心してるのか……。

 また彼と考えていることが同じだった。ちょっと嬉しいかも。


「ん? サーヤせんせ。なんでニヤニヤしてるの? 気持ち悪い……」


 最近変だ。このバカを待ってるとイライラしたり、考えが同じだったら嬉しかったり……。


「へ? に、ニヤニヤなんてしてないしてない。そ、そうだ。肝心の犯人の目星は?」


 とはぐらかす。ボクが動揺したらダメだ。ボクがしっかりしなきゃ。


「犯人……。まだ目星はついてないんだ」

「じゃあ宇宙人が襲来したのか?」 

「可能性はゼロじゃないけど、証拠がないんだ。ただ手がかりになりそうな情報はある」


 何かを期待しているようにチラリと加藤はボクを見た。


「な、なんだよ、ボクが手がかりを持ってるとでも?」


 全身がカッと熱くなるのを感じた。きっと頬が赤くなってるに違いない。なんとなく気恥ずかしくなって、

つい声を荒げた。


「持ってるはず。これまでの患者さんのデータと診察時の聞き取り」


 問診時のデータ? あ……加藤が何を言いたいか、わかった。マイクロブラックホールがやって来た方向が重要な手がかりになる。


 これまで患者さん本人や家族、恋人から『何かが突き抜けた』とか、『何かに当ってから』とか外からの何らかの力が加わったような話を聞いていた。この件についてはボクだけじゃない。他のドクターも聞いてるはずだ。

 幸いなことに問診時のやりとりは自動で記録されている。記録データをチェックすれば確認できる。


 ちょっと先行きが見えた。


「サーヤちん、診察データは病院関係者しか閲覧できないから、チェックしてくれよ」

「え! ボクが! マジか」

「……マジで。俺は部外者だから無理」


 冗談じゃない……。また寝る時間が減る。肌が荒れるだろ!


「あ、あのさ。加藤さん? できれば手伝ってもらいたいんだけど……」


 できるだけ低姿勢で。上目遣いで。ここは媚びないといけない。


「あん? 人に頼む態度じゃないなあ」


 くっ……。加藤にはバレちゃうな。わざとなのがバレバレか。


「だったらどうすれば手伝ってくれる?」

「……いつもバカとか、加藤とかって呼ぶの辞めてくれない? もう会ってから三年だよ。ほんと俺の腕と目を治してくれた時は天使か! って思ったんだけどな」


 だってあの時は……。あの時はボクも必死だっただけだ。死なせたくないって願っただけだ。


「ふ、ふん。天使でなくて悪かったな。どう呼んで欲しいんだ?」

「そうだなあ……。俺の名前でいいよ」

「はあああ?」

 

 お、お、男を名前で呼ぶだとぉおおお————!


「ちょ、ちょっと待て! お前を名前で呼ぶだってぇ!」

「こっちは親しみを込めて『サーヤ』って呼んでるんだ。別に知らない仲じゃないし、かまわんだろ? うちの職場じゃ互いに名前で呼んでるから、そのほうがなじみがあるんだ」


 ま、まあ刑事連中や捜査官同士は確かに名前で呼んでるな……。


「て、て、て……」

「て?」


 くっそ、すげえ気恥ずかしい。今、自分の顔を鏡で見れられないな。


「て! てつろー!」

「お! 言えたじゃない。……って顔真っ赤だけど? 熱でもあるのか?」


 と、心配そうにボクの顔を覗き込もうとする。恥ずかしいから伏せてるんだよ、わかれよっ。


「だ、だいしょぉうぶだあかあら……」


 ああ、どういうわけだ舌が回らん。


「……ま、いいか。じゃ明日の朝から診察データのチェックをするから、根回しよろしく。サーヤせんせ」

「お、おう。気をつけて帰れよ、て、てつろー」


 われながらたとたどしい……。だが約束だから!

 今さらで気恥ずかしいから身体が熱いだけだっ!

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