第12話 疑念

 その後、オペで試作した装置を何度か試してみた。発見さえ早ければ、少ない体組織の消失だけで済むようになった。

 十年前よりも生体工学が進歩し、割と手軽に人工臓器をつけるようになった昨今、患者本人の肉体的負担が減ったのはいいことだ。

 普及したとはいえ人工臓器は万能じゃない。機能を維持するためコストがかさむし、脳や肝臓のように完全に置換できない臓器だってあるんだ。


 お手製の装置には問題がある。


 一番困るのは院内でしか使えないことだ。作った本人がこういうのも何だが、放射線科備え付けの機器に依存しすぎている。だってしかたないじゃないか。加藤がいうようなシャレにならないほどの高エネルギー粒子を出すためにはしかたない。


 などと考えながら、朝のニュースをつけた。

 また患者が増えた……って報道だ。


 ん? 今、妙なこと言わなかったか?


 アナウンサーが聞き捨てならないことを言ったぞ!

 慌ててリモコンのボタンを操作。ボリュームをあげる。


『……によりますと、現在、国内にとどまらず、アメリカ大陸全土やヨーロッパ諸国、ロシア、中国、インドなど広範囲で黒い物体によると思われる、人体の破壊が起こっています.

世界保健機関では事態を重くみて……』


「はああ————!」


 思わず大声を出してしまった。

 おいおい……。どういうことだ。世界中にマイクロブラックホールの餌食になった人がいるっていうのか!

 そもそも黒いブツは地域限定だと思っていたんだけど、ボクの思い込みか。


 ※  ※  ※


 いつもなら朝一から医局に寄ったりしない。たいてい病理検査室へ直行だ。

 今朝に限っては医局に足が向いた。


「珍しいじゃないか、高橋くんが朝から来るなんて」


 皮肉を言いながら声をかけてきたのは、消化器担当の山田だ。よく彼のほうからオーダーを貰うので、比較的仲はいいほうだ。


「山田先生、どうも。今朝のニュースを見てさすがにびっくりしてしまいまして」

「ほう、高橋先生も驚くことがあるんだね。あはは。でも世界中に患者が広がっているとはなあ……」


 あたかも感染症のように話す山田先生もおかしいかも。

 世界に広がっていることよりもボクは


「そりゃあね、黒いブツの正体がわかっても得体が知れないですからね。だいたい……はっ!」


 そこまで言いかけてボクはハッとした。そうか、そういうことか。

 加藤に『マイクロブラックホールだ』といわれても、ピンと来なかったし、どこか非現実的だと感じていた。その理由に気がついた。


 このマイクロブラックホールはどこから来たのか?

 加藤が解説してくれたように、そもそも宇宙にあるものだ。人の体のなかにあるってのが変だろ? これだけ世間を騒がしておいて、人の体以外から黒いブツが出てきたってニュースは聞かない。


 病院って閉鎖空間にいるから、ボクだけが知らないんだろうか?


「山田先生、例の黒いブツってヒト以外に罹ったことあるんですか?」

「いや、聞いたことないなあ」

「じゃあヒトではなく、何かものから出てきたっていうのは?」

「それもないなあ」

「やっぱり……」

「やっぱり?」


 頭上にクエスチョンマークが飛んてる山田先生に、心の奥底で思っていた疑問をぶつけてみる。


「ブラックホールっていうから、宇宙から来たとずっと思ってたけど違うかもしれないです」

「ん? 何を考えてるんだ、高橋先生」

「自然現象ではないってことですよ、山田先生。ヒトの体からしかマイクロブラックホールが見つからないって変じゃないですか。宇宙から来たんなら、そのへんのビルや犬にめり込んでたっておかしくないでしょ」


 と、一気にまくしたてた。

 自分で言葉にしてみて確信に変わった。矛盾しているのだ。突然、宇宙から降って湧いたんじゃない。


「え? あ、ああ。確かに何かの物体からマイクロブラックホールが見つかったって聞かないなあ」


 ぼりぼりと頭を掻きながら自分の机に向かう彼の背中を見つつ、ボクは自分の考えが思い込みなんかじゃないと思い始めていた。


 ※  ※  ※


『おおい、サーヤちん。装置の具合はどうよ?』


 外線をとった途端、加藤から電話だ。先日、『ブラックホール・ホイホイ』の仕上げを手伝ってくれた以来だ。


「なんだよ、バカ加藤。ちゃんと動いてるぞ、問題ないから。じゃあな」

『ち、ちょっと待ってよ。サーヤちん』


 と、早々に電話を切ろうとすると、だいぶ慌てた様子で呼び止められる。


「あ————。なんだよ! こっちはまだ診察中だぞ」

『大事な用なんだ。ちょっと聞いてよ』

「御託はいいから、とっとと話せや、加藤」


 さすがにイラツキ度が上がっていく。


『わ、わかった。実は科学捜査係に幾つかマイクロブラックホールを保管しているんだが、共通点があることがわかったんだ』

「共通点だと?」

『おかしいと思ってたんだ。人の体内ばかりでマイクロブラックホールが見つかるなんてさ』

「それはボクも感じてた」


 奇しくも同じことを考えてたのか。

 つか、ずっと思ってたんだったら、なぜ言わなかった?


『で、保管してるものを計測してみたところ、最大五センチまでだ。海外の情報でも同一だ』


 まどろっこしいな、何が言いたい。


「それで加藤の結論は?」

『俺の仮説は人為的なもの。つまり無差別大量殺人だと思っている。これから病院へ行って話をしたいがいいか?』

「わかった。じゃ、午後の診察が終わる時間に来い」


 初めてじゃないか、加藤のヤツが自分で来るなんて言ったのは。それだけ重要な話なんだろう。

 無差別大量殺人だと言い切った根拠が聞きたい。


 加藤のバカが来るまでが待ち遠しい。

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