第11話 試運転

「まだかよ!」


 顕微鏡も見ずにさっきからうろうろしている。これでボクがコーヒーを飲むのは何杯目だろう。

 まったく女を待たせるなんてロクな奴じゃないな。あのバカ、夕方には来るからって約束したのにちっとも来やしない。そのうえ連絡も来ない。

 

 ちくしょー。来ねえぇえ————っ!

 

 頭にきてカップをドアに叩きつけようとしたところに、運悪くドアが開いた。あ、と思ったときには既に遅し。しっかりと全身ずぶ濡れになった加藤が突っ立っていた。

 

「ちっ、遅いぞ。いつまで女を待たせる気だ」

「へえ、女性ねえ。たまには女らしくしたらいいのに」

「うっさい! バカ加藤!」

「やれやれ。さて、どこまで組み立てたんだい。沙也加お嬢様」

「しつこいぞ。基本的なところは組み立てておいた。だがブースターの部分は不足してるな。予定の出力にならん」

「……どれ。さすがだな、サーヤせんせ。ロクな工具もないのによくここまで組み立てたよ」

「ふん、当たり前だ。世辞をいっても何も出ないぞ」

「コーヒーくらい口に飲ませてくれんのか? 頭やシャツでなくてさ」


 ちっ。ほんとひと言多いヤツだ。だから嫌いだ。姦しい看護師どもは加藤が来ると、『沙也加先生の彼氏が……』とか騒ぐがとんでもない。ウザいことこのうえなし。


「ちっ。勝手に自分でついで飲めや」

「ちぇ、セルフサービスかよ」

「ほざいてろ」


 とほほ、とかほざけながら自分でコーヒーをいれている加藤の脇をかすめて、ボクは工具をとった。ちょっと肩が触れるがそのまま無視してやる。遅れてきたんだからな。


「どれ、見せてみろ」


 加藤はペロリと舌舐めずりをすると、ボクの手からお手製『ブラックホール・ホイホイ』を奪う。ふむふむと一通り眺めると、関心なさそうにポイっとボクに返した。


「ダメだな。パワージェネレーターの作りが甘い。熱に耐えられんぞ」


 と鼻くそをほじりながら言われた。ちくしょー。そんなのわかってる。だから加藤を待っていたんだ。

 イラッとしながら改めて聞いてみる。


「で。どうすればいいわけ」

「どーしようかなー。ただで作ってもいいけどお」


 く〜屈辱! 負けを認めるようで悔しい。ネオジム磁石と電磁誘導を使って組み立ててみたものの、所詮は即席。限界はある。素人の手巻きコイルじゃイマイチだろうさ。


「……わ、悪い。お、お、お願いしていいか」

「珍しいねー。サーヤせんせが頭を下げるなんて」

「ほっとけ、ボクだってお願いすることくらいあるぞ!」

「はいはい、ムキになって可愛い」

「か、可愛いだと! いいからさっさと完成させろ。今、苦しんでる患者さんだっているんだ」


 つい頭に血がのぼってカーッと熱くなるのが自分でもよくわかる。

 だが……。今は患者のことが優先だ。


「わかった……。今夜中に完成させる」


 ボクの顔色をうかがうようにチラリと見ると、黙って作業をはじめた。


 ※  ※  ※


 数時間後、ボクたちは通称『医療廃棄物置き場』に来ていた。重そうな扉を開くと、湿った燻製のような匂いがした。


「あいかわらず匂いがひどいなあ。よくサーヤちんは我慢できるね」

「しかたないだろ。病理検体以外はここでいったん乾燥させるんだから」

「また臓物の匂いがいいじゃないか、って言うかと思った……」

「ボクを変人だと思ってるのか! いくらボクでもこの匂いはダメだ。だいたい生きちゃいないからつまらん」

「……サーヤちん、やっぱりちょっと変だ。人の体から取っちゃえば、生きてるもへったくれもないだろう」

「ふん、なんとでも言え」


 病理の標本もホルマリン漬けにするんだから死んでいる。ちょっと表現がおかしいかもしれんが、生きてた頃の細胞の様子や声がわかるんだ。浪漫なんだよっ! そこがここに置いてあるものと違う。


「しっかし、この足なんか二年前の奴じゃないか。こんなに貯めてどうする? 俺にはわからんわ」

「単純な理由さ」

「どこが? 研究目的じゃないだろう」

「焼却コストだよ。まとめて業者に頼んで荼毘に伏してもらうんだけど、いちいち一つ一つ出してると銭がかかる。焼くのも重さあたりの単価だから、できるだけ乾燥させたほうがいいのさ」

「……世知辛いなあ」

「病院だって儲からなきゃどうしようもないからな。慈善事業じゃない」


 などと、世間話をしながらさっきからマイクロブラックホールちゃんを探しているんだが、見当たらない。


「おい、加藤。ブラックホールはあったか?」

「いや。消滅しちゃったかもな。ひょっとして」

「消滅? 組織片と一緒くたにここに置いているはずだぞ。ボクも緊急オペした時、持ってきたんだ」


 ボク自身、覚えがあった。


「あー。ブラックホールって寿命がある。って話をしただろ」

「ああ。聞いた」

「ブラックホールの寿命はその質量で決まるんだ。でかいほど長生きで小さいほど短命だ」


 ん? 待て待て。ボクは恐ろしいことに気がついた。


「ってことはある程度経つと消えてしまうってことか」

「俺はそうじゃないかと思う」


 加藤の言うとおりなら、たまたまボクたちはブラックホールが消える前の段階の症例を見つけたってことだ。

 それなら実際の患者数は数え切れないほどになる。臓器の一部が消えてしまった患者、皮膚に孔が空いただけの患者……。彼らは別の疾病として処置された可能性がある。


「おい! マズイぞ、マズイ。実際の患者数なんて把握できないじゃないか!」

「そういうことになっちゃうね。でもこういうことも言えるだろう? 『やがて消えるんだから消滅した臓器を何とかすればいい』って思えるだろう」

「それで済めばいいけど……。致命傷になる臓器をやられたら元も子もないんだぞ。バカ加藤」


 ボクが知るかぎり、マイクロブラックホールとやらはランダムに出現する。いきなり脳をやられたり、心臓にドス穴を開けられたりすることだってあるだろう。

 

「ああ、そっか。サーヤちんは今のところ、見つけ次第、ブラックホールを消すのが一番って考えてるんだね」

「結局そうしなきゃならん」


 かれこれ一時間くらい探しているのに、マイクロブラックホールは見つからなかった。あきらめて帰ろうとした時、梅田がちょうど黒いブツを持ってきた。


「やった! あったぞ!」

「きゃあ! びっくりした……。あ、貴方たちどうして廃棄物置き場にいるのよ」


 ボクも加藤も両手に脚や丸まった腸の断片を持ってたもんだから、梅田のやつ、目をまん丸にしている。


「いいからそいつをくれ」


 びっくりしている彼女からすかさずマイクロブラックホールを奪い取った。


「何よ、突然……。黒い物体をどうするつもりなの?」

「こいつで消してみようかと思ってな」


 小脇に抱えていた出来立ての『ブラックホール・ホイホイ』を自慢気にかざしてみせる。


「また変なのを作って……。そんなの意味あるの」

「これから試してみるんだ。梅田も確認してみるか?」


 怪訝な顔をしながらも、一緒に放射線科へついてきた。


「どうして放射線科に来たのよ」

「ちょっとサイクロトロンを借りるためだけど?」

「サイクロトロン? 使うのには技師の許可が必要よね?」

「そんなもんとっくにもらってるぞ。ボクが根回ししないとでも?」

「また勝手に大がかりなことをはじめるかと思ったのよ」

「……」


 ボクはならず者かよ! 普段だったら条件反射のように反論するところだが、黙って放射線科まで移動する。

 放射線科に着くと、無言で煽ってくる外野は無視しつつ、サイクロトロンと『ブラックホール・ホイホイ』を接続。

 

「よし! スイッチオンだ」と、かけ声と一緒に装置の電源を入れた。電源を入れると同時にヴォーンとうなり声がしてくる。


「そんなので黒い石を消せるの?」

「梅田、ブラックホールだろ」

「そんなことわかってるわ。何かなじめなくって」


 まあ気持ちは分かるぞ。体内にブラックホールなんて不自然きわまるもんな。


 次第に装置のうなり声が大きくなる。

 サイクロトロンから加速された粒子が送られ、装置の中でさらに加速されていく。

 安全ロックをはずし、引き金をひくと装置のノズル先から高エネルギー粒子が放たれた。


 ノズルの先にはあてがわれたターゲットが、眩い閃光とともに音もなく消失した。



「えー! なになに? どうして?」


 驚く梅田。


「だから言っただろ? 黒いブツを消すんだって」


 やった、やった! 小躍りしたくなる気持ちを抑えながら、梅田に応える。

 それにしても加藤もやるな。数式ばかりいじってる理論野郎とばかり思ってたが、ちゃんと手も動かせるんだな。


「うまくいったね、サーヤせんせ。実際の患者で試してみたらいい」

「ち、ちょっと待ってよ。高橋先生に加藤さん。これ、安全なの? 安全審査委員会、通してないでしょ」

「委員会? そんなの通してたら、苦しむ患者が増えるだけだぞ」


 安全審査委員会。病院では新しい薬や器材を使うのに手順がある。安全性が確認できないうちは使えないのだ。しかし、ボクんとこでは委員会つーのは業者と癒着した老害どもの巣窟になっていた。


「高橋先生、また無断で使うの?」

「いや、ちゃんと副院長の許可はもらうつもりだが」

「また……」と、言いかけて梅田は黙った。


 副院長であるハゲはああ見えてやり手だ。

 院内政治は好きじゃないが、こういうときには利用させてもらおう。

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