第10話 感染拡大
連日、ニュースでは『謎の黒い石』の患者数が増加していることを告げている。最初に都内で発見されてから三週間になるが、患者数はうなぎ登りだ。
一過性のものならここまで拡がらない。最初にピークがきて、少しずつ減っていくものだ。どう考えても『感染る』んじゃね? ボクは先日診た兄妹のことを思い出しながら、背筋が寒くなる。どうブラックホールが感染するのかわからないからだ。
陰鬱なままの気分で診察室に入る。
「はい、次の方」
黒いブツが蔓延してようが、通常のガン患者さんだっている。これから話をする患者もそうだ。
「はいはい、せんせ。こんにちは。あら、可愛らしいせんせだねえ」
診察室に顔を覗かせたのは腰の曲がったばあーちゃんだ。
やっとのことで椅子に座ると、何を思ったのかボクに腹部を見せた。このばあーちゃんの患部は乳房なんだけど……。
「あのう、せんせ。最近、ここに黒いのができてなあ……」
ペロリとめくられた腹部には、黒いブツがあった。一昨日、全身くまなく検査をしたけど、こんなのはなかった。
「こ、これどうしたの? いつから」
ヤバイ、見逃したのか……。背中に冷たいものが流れる。このばあーさんの乳ガンはステージ二A。リンパ節への転移はない。この黒いブツの方が対応を急ぐ。外からは皮膚にめりこんで既に周りの皮膚を巻き込みながら、中へ侵入しようとしているようにみえる。
腹部は消化器をはじめ、巻き込まれて消されてしまうと困る臓器がたくさんある。
いっそ全身、人工臓器にしてしまうのは……いやいや無理無理。年齢が年齢だ。体力的に無理。なんせ九十を越えてる。
「ん〜。そうだねえ。今朝、起きたらできてた」
のんびり応えるばあーさん。
ひょっとして……。ボクは面会履歴を検索してみた。すると三日前にこのばあーさんに接触した人物がいた。彼女の孫だ。彼女の孫は昨日、黒いブツが出てきて入院している。
もし自覚できるまでタイムラグがあるなら、そしてこれが感染するものなら……。エライことだ。全身から冷や汗が出てくるのが、自分でもわかる。マズイ。
「……わ、わかった。ばあーさん、オッパイの方よりこの黒いヤツのほうがヤバイから、こっちを優先して切るから」
いつもの自分じゃないみたいだ。声が震えている。
「……うん。わかった。せんせのいう通りにする」
ペコリと頭を下げるばあーさん。んー。どうにかしたいが、ここは梅田の番だ。じれったい気持ちを抑えながら、外科に廻した。
※ ※ ※
入院病棟の方へ顔を出すと、見知った看護師たちがいない。
「おい! 神谷とかどうした?」
「ああ、沙也加先生。それが例の黒い物になっちゃって、今朝から休みなんですよ」
「じゃ、柴田は?」
「彼女もです」
二人とも黒いブツの患者を診ていた看護師だ。
「他にも休んでる看護師がいるな。彼女たちも黒いブツか?」
「そうなんですよー、最近、なんか増えちゃって」
マズイ。これ院内感染じゃないのか。
「看護師長さ、これ院内感染かもしれん。神谷も柴田もなんでもなかっただろ。それがここ数日でみんな黒いブツに冒されてるじゃないか」
「そういえばそうですね。どう見てもケガの一種だと思っていたので……」
ゴニョゴニョと言葉を濁す。ほんとはコイツも変だなって感じてたんだろ。
「とりあえず黒いブツの患者を集めて、病棟を封鎖しよう。話はそれからだ」
「他の先生方には?」
「ボクの方から話をしておくよ」
「ありがとうございます。大村先生とかしつこく理由聞いてきそうで、あはは」
よくわかってるじゃない。ハゲはうざい。現場を守るためだ。
と、思っていたら、ちょうどいいところに内科部長がきた!
「大村先生、ちょっといいですか?」
「珍しいな、沙也加くんが病棟に来るなんて」
失敬な! ボクだって患者の様子を見にくるぞ。内心、イライラしながらボクは話を切り出した。
「先生、ちょっと気になるんですが」
「どうした?」
「どうも例の黒いブツ、感染するように思うんですが」
「えっ! だってマイクロブラックホールなんだろ。どうやって感染するんだ」
そりゃびっくりするわな。ボクだって驚いてる。でも理屈に合わん。
「さあ、それは先生の課題かと。実際、病棟の看護師も何人かうつっていますし、外来でも数例、親族からうつったんじゃないかと思われるケースがありました」
「うむむ、他院でも患者数が増えてるんんだよな。一過性だったら減っていくはずなのに」
ふん、ハゲに宿題、預けたぜ。感染症なら内科の仕事だもんね。
それはそうと感染するのなら、これまでのやり方を全部変えなきゃな。今のままだと院内感染絶賛拡大必至だろ。
「ちょっとこの病棟を先に閉鎖してもいいですか?」
「わかった。他の先生方にも知らせよう」
こうしてボクとハゲは黒いブツが感染する恐れがあることを院内にふれて回った。
※ ※ ※
気がつくと病棟は半数近く黒いブツ関係で埋まっていた。通常のガン患者が入院できないレベルだ。
「都立第一病院ですか。外科の藤沢先生をお願いします。あー、ボク? 高橋沙也加だ」
心配になって系列病院の様子を伺ってみる。
『よう、元気か。高橋』
「藤沢先生、お久しぶりです。今話題の黒いブツの患者さんなんですが、そちらはどのくらいいます?」
『こっちはそうだな。もうじき病棟が埋まってしまうよ』
「そんなにいるんですか? こっちはその半分くらいです」
『半分ねえ。そこからあっという間に増えるぞ』
「増える? ひょっとして院内感染ですか?」
『僕らはそう思っている。ただどう感染するのかさっぱりわからん。隔離に消毒って、今まで通りにやっても全然収まらないんだ』
たいていの病院には院内感染を防止するためのガイドラインがあるし、感染対策チームもある。
それでも院内感染が蔓延してしまうというのは、よほど感染力が強いんだろう。
「そうですか。こちらも気をつけるとします」
『ああ、そうしたほうがいい』
ふう。ようやく敵の正体がわかったというのに、今度は感染するとか……。
ボクは頭を悩ませながら、検査室に戻った。
机上においてあるのは内視鏡のファイバー。これにブースターをつけて、放射線科のサイクロトロンに繋げる。って寸法だ。
とりあえずその辺に転がっていたナノマシンと人工臓器の部品を使って、組立てたが出力は今一つ。
ここはやはり加藤の知恵を借りるしかない。ヤツの力なんか借りたくないけれど、専門家だ。
即席で作ったマシンがどこまで通用するかわからないけど。ま、ないよりマシ。
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