第9話 Do it Your Self!

「なんだ、いるんじゃないか。静かだからもう検査室に戻ったのかと……お、加藤くんか。加速器での実験はどうだった?」

「大村先生、結果からマイクロブラックホールかと思います」

「ぶ、ブラックホールだって」 


 あっけにとられるハゲ。さすがにしばらく言葉が出ない。

 やっとわれに返ると。


「まあ、理にかなうかもな。組織が黒い物に巻き込まれてる患者さんはよく診るしな……」

「大村先生、これ、小さいからっていっても天体ですよね。今まで通り切除しまくるしか対応できないと思います」


 ボクとしては現場での対応こそ問題だからな。結局、切るしかない。


「切除したものをどうする? 今もあの黒い物体は一か所にまとめているんが」


 と、ハゲに睨まれた。他に対処のしようがないだろうが!


「ちょっと待ってください、大村先生。患者から取り出したブラックホールをまとめてるんですか?」

「そうだ、マズいだろう。加藤くん」


 ん? 二人で深刻そうな顔をしてるけど、規定通り、不要な組織だから廃棄しているんだけど。と、首を傾げていると加藤が答えをくれる。


「サーヤせんせ、ブラックホールはね、合体して大きくなるんだ」

「げ! じゃあ、しばらく溜めてるとマズイ」


 さすがにどういう事態かわかった。廃棄のしかたも考えなきゃ。

 だってブラックホールだなんて、誰も想定してない。現時点でどう処理したらいいかわからない。ならば銃弾や爆発物のように取り扱うしかない。

病理検査を担うものとして、ボクはすばやく頭を回転させた。


「大村先生、今後は少し廃棄や保管のしかたを変えます」

「おお、そうしてくれ」

「はい。それで少し考えたのですが、専用のナノマシンって作れないかなって」


 あんまり考えてはいない。今、ひらめいたんだ。


「ナノマシン? どうして?」

「大村先生、今現在の患者数を考えれば、われわれスタッフの負担は増すばかりです。それに微細な黒いブツは手術では取りきれてないことがあります」


 実際、梅田が切った後、再発してボクが再手術したケースがあるんだ。


「うむ。ナノマシンの開発には時間がかかるぞ。その間、どうするんだ? 沙也加くん」

「どのくらい患者がいるかわかりません。その間、頑張るしかないですね。でも正体がわかったのだから、他の対処方法を考えるいい機会だと思います」

「……サーヤちん、サーヤちん。どう対処するんだ?」

「加速器を使って消滅させられたんでしょ? バカ加藤」

「だから加速器の中と人体じゃ全然違うって」

「直接、黒いブツに当てるの」


 ボクには当てがある。ファイバーの類なら病院にはたくさん転がってるからね。


「へ? 直接? 機材ないだろ」

「大村先生、内科にいらない内視鏡ありません?」

「内視鏡? 使わなくなったから倉庫にたくさんあるが」


 ほら、やっぱりね。最近はナノマシンばっかり使うようになったから、内視鏡なんて誰も見向きもしなくなったからね。


「えへへ。ちょっと内視鏡を使って工作しようかな、って」

「え? ま、また変なもんこしらえるのか」

「だから変なもんじゃないって! このハゲ」


 おっとと。つい地がでちまった。

 ボクがハゲ呼ばわりしても怒んないからいい。


「サーヤせんせ、またせんせのお手伝いですか……」

「そうよ、悪い?」


 以前もバカ加藤に手伝ってもらったし。今回はこいつの専門が絡むんだからいいでしょ?


「……もしかして照射器?」

「ピンポ〜ン♪ 大正解!」

「ま、まあ。あんまり無茶しないように」


 それだけ言い残すと、ハゲは病理診察室から出ていった。これから他の先生方に根まわしするに違いない。


 ※  ※  ※


 元々、ボクは医者じゃなかった。最初の専攻は工学部。わけあって中途で医者を目指すようになった女さ。

 だから工作はお手のもんだ。うちにある病理検査用の機材の多くはボクのお手製。ナノマシン全盛の昨今、どうしても自分の手で標本を作りたいと思ったんだ。染色についてはマシンを使うけど、組織からの切り出しや、写真撮影は自分でやってる。

 もちろん全自動でやるマシンは市販されているんだけどね。いまいち信用ならなくって。


 今回のブラックホール・ホイホイ(仮)も作っちゃうよ。


 材料はあるけど問題は線源だな。高エネルギーを扱うとこって、あそこだろ?

 舌なめずりしながら、ボクは受話器をとる。


「高橋だけど、主任さんいる?」

『はい、なんでしょう。病理の姉御』


 電話をした相手は放射線科だ。

 うちの病院では高エネルギー陽子や電子の放射線治療をやっている。そのエネルギー源を借りようって寸法だ。


「そっちにあるリニアってどこまでパワーが出せる?」

『どうしたんですか? 急に。検査で入り用で?』

「ちょっとねえ、また小道具を作りたいんだよ」

『今度は何を作るつもりですか、姉御』


 放射線科の主任はなぜかボクのことを『姉御』っていう。どうしてか今度聞いてやる。


「例の黒いブツをやっつける装置」

『へ? それできるんですか?』

「ま、やってみるよ」


 受話器の向こうから何やらため息が伝わってくる。頼むのは今回が初めてじゃないんだけど。


『……ま、いいですけどね。どのくらいの出力が必要です?』

「そうだね。二十ギガ電子ボルトくらい」

『ぶ————っ!』


 思いっきり主任のヤツ、噴きやがった。なんか変なこと、言ったのか?


「どうした、何かおかしいことでも?」

『うちのサイクロトロン、五百メガしか出ませんよ。それが限界。そんな高出力、もう実験用じゃないですか。CERNにでも行くしかないじゃ……』

「そっかそっか、、ならこっちでブーストするかな」

『へ? また無茶苦茶な! そんな強烈なビーム作ってどうするんです、姉御。とうとう世界征服でもする気なんです?」


 ほんとこの主任はボクのことをどう思ってるのかと小一時間、問い詰めたい、


「こら、なんでボクが世界征服なんて……。ちょっと魅力的かもしれないけど、あくまでもあの黒いブツを片付けるためだよ」

『姉御なら世界征服も夢じゃないかも。っていうのはさておき、ブーストなんてできるんですか? 理屈の上じゃできるかもしれませんが……』

「今回は加藤もいるから、あいつはああ見えて専門家だしね」

『残念、お手伝いしようかと思ってたのに。まあ、加藤さんがいるんならできるかな。こっちは使えるようにしときます』

「ああ、よろしく主任」


 これで段取りはよし! さあて、工作のお時間のはじまりだ。腕まくりをすると、ボクは持ってきた内視鏡をバラシはじめた。

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