第7話 増える患者

「あー。だりぃー」


 翌朝、トーストをほおばりながら、数週間ぶりにテレビなんぞ付けた。


『都内ではこの一週間で、謎の黒い石のようなものが体内から出てくる病が急増しており、各病院が対応に追われています』

「ん? ニュースか。このあたりだけじゃないんだ。例の患者」


 女子アナがどっかの病院の前にいた。

 ん? どっかで見たことのある光景だな。


『都内でも最も最初に黒い石を摘出したのが、ここ都立第二病院です』


 ブ————! 思いっきりコーヒーを吹き出してしまった。うちじゃねーか!

 バンッとどアップで映し出されたのは梅田だ。


『げ、朝から縁起でもないものを見てしまった」


 梅田がカメラの前だからって何か言ってる。

 だが、そんなことよりボクが目を疑ったのは、女子アナが出してきた数値だ。


 都内でおよそ一万二千人ほど。


 これが例の黒いブツにやられた患者の数だ。それも指数関数的に増えてきている。感染症じゃあるまいし、この数は異常だ。同時に何かが起こったとでも言うのだろうか。


 ※  ※  ※


 出勤してみるととんでもないことになっていた。


「あ、はい。外科ですね。はい、次のかた」

「保険証はお持ちでしょうか?」

「ご家族四人ともですね。病室は別となりますが……」


 朝、受付開始前から大勢の人が並んでいた。普段から混み合う時間ではあるけれど、いつもの三倍以上の人が並んでいる。こんなありさまだから当然、外来も激混みだ。


 本来、病状の説明や手術のことを患者に話すのは主治医の仕事。ところがこの外来の混みよう……。半端じゃなかった。外科の梅田は手術につきっきりだし、他の先生も手が離せない。と、いうわけで、このボクに『説明』やら『告知』やら一番やっかいな仕事がまわってきやがった。ま、なれているけれども。


「はい、次の方」


 ボクの目の前に座ったのは、まだ年端もいかぬ女の子。右上腕に例の黒いブツがめり込むように埋まっている。彼女の腕をとり、ブツ周辺の状態を診る。かなりブツは筋組織やら神経やらを巻き込んでしまってる。この子の命を救うには義手しかない。


 まだ小さい子だけど、腕を切り落とすことは伝えなくちゃ……。


「ほら、ここに黒いモノがあるだろ?」

「うん」


 こくりと小さく頷く。

 あかん、可愛い。ここはいつも通りに……。切らねば死ぬ。


「これをなくすには、この腕ごと切るしかない」

「……痛いの?」

「多少は」

「…………んく」


 肩をふるわせて顔を伏せてしまう。大声で泣き出さないのがいじらしい。


「今の腕がなくなる代わりに、これをつけてあげる」


 カゴに入れていた義手を見せてやる。


「腕……なの?」

「ああ。ただ慣れるまで少し時間がかかるぞ」


 こくり。

 

「お姉さんが付けてくれるの?」

「いや、たぶん他のヤツだと思う」


 ボクは整形外科医でも外科医でもないからな。同僚どもの前で宣言したとはいえ、割り振りってもんがある。


「やだ。お姉さんがいい」


 あれ? いつも通りストレートに告知したんだが。


「できるだけ、君の手術ができるようにするよ」

「約束だよ」と、小さい手でボクの指を握ってくる。

「ああ……」


 ふう。ガキは苦手なんだけどな。ここまで頼りにされちゃしかたないな。


「はい、次の方」


 小さな女の子の後は、二人連れの男女。

 ちっ、カップルかよ。どっちが患者だ? 手元のカルテを確認する。

 あれ? 両方か。同姓だから兄妹か。


「ご兄妹ですか?」

「ええ」 男の方が応える。

「あんたは腹部に黒いブツがあるし、妹さんの方は乳房にあるね。両方とも切除だ」

「あのぅ……先生」


 妹の方が声をあげる。


「なんだ?」

「私たち同時に病気になったわけじゃなくって、兄の看病をした後、私もなったんですが……」


 ん? 伝染したってか。そうだったら危険だ。


「おい、それはどういうことだ。くわしく説明しろ」と、妹に詰め寄る。

「えっと、ちょうど一週間前に兄が玄関で倒れていたんです。そのままにしておけないから、私、兄を担いで居間まで運びました。その後、救急車がくるまで看ていました」

「お兄さんのほうはどうして倒れたか覚えてるか?」

「ええと、あの日は残業から帰ってくる途中で、妙な光を浴びたんです。その後、倒れちゃったみたいで」


 はて。最初の患者は連れが『何かが入った』って言ってたな。


「その妙な光ってどんな感じか覚えているか?」

「なんだろう……体の中が焼けるような、ジリジリとした奇妙な感じでした」


 わからん。この謎の光が黒いブツを知る手がかりかもしれん。


「妹さん、あんたはその光を浴びてないんだな?」

「え、ええ。私は家にいましたし」

「で、兄に触れて、しばらくしたら胸にできた、と」

「はい」

「しばらくってどのくらいだ。ひょっとしたら感染るものかもしれん」

「たしか三日過ぎてからだったと……」


 感染する可能性。

 これなら日々、患者が増える理由もわかる。


「わかったよ。ありがとう。君たちにある黒いブツは切除する。今はまだ小さいけど、そいつは周りの組織を吸収していくんだ。いいか? 二人とも手術をするぞ」

「はい、ありがとうございました」


 ニュースのおかげで『黒いブツ・イコール・切除』って、みんな思ってる。おかげで説明や告知も楽だ。


「はい、次の方」

「よお、サーヤせんせ。お久しぶり」

「……患者だと思ってたのに、クソ加藤か」

「最近、おとなしいんじゃない? ストレートに言わなくなったし」

「きさま、いつからいた」


 やばっ! こいつにガキに優しくしてしまったところとか、見られたかも。


「ん? 小さな女の子にすがりつかれたところから」


 うわああ——! クッソはずい。


「どうしたの? 顔がまっ赤だけど」

「あー、うるさい、うるさい、うるさい。で、何の要件だ」

「何、あわててるの? 例のブツの結果わかったんだけど」

「で、結果は?」

「それが不思議でさ。ありえないんだよね。理屈上は考えられてはいるんだけど」

「ええい、とっとと結論を言わんか! バカ加藤」

「せっかちだなあ、サーヤちんは。この黒い物体、超マイクロブラックホールの可能性が高い」

「…………は?」


 ブラックホールって今、言ったよな?

 なんじゃそれぇええ————!

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