第6話 会議は踊る
「はああ、まただと! 梅田、てめえで診ろや」
『だから、わたくしのところで面倒見れないから、そっちにお願いしてるのよ!』
「こっちは病理であって、外科じゃないぞ」
『患者が多いからそっちにお願いしたのに。頭、おかしいんじゃなくって、高橋先生!』
ガチャンと内線が切れた。まったく……。こっちも急に患者が増えてヒィヒィ言ってるのに、てめえのとこの患者なんか診てられないつーの。
梅田はこの都立第二病院の外科医だ。いくら急患が増えたからって、病理医になんとかしてもらおうなんて虫がよすぎるだろ。
実際、あのブツを抱えた患者が来院して以来、同じように小さな黒いブツが入ってしまっている患者が徐々に増えてきた。外科だけじゃない。整形外科や皮膚科からの検査依頼も絶賛急増中だ。
梅田んとこは切ればいいだけかも知れんが、こっちはブツが見つかるたびに標本作るんだぜ。まったくもう……。
「高橋腺性、外来の時間ですよ」
病理診察室の看護師が呼びにきた。これから説明する相手は患者ではなく遺族。例の黒いブツが原因で亡くなった患者の家族だ。なぜだかこういったケアもボクの仕事。
「おお、わかった。十分後に行くよ」
検査書類を持って出ようとした時、机上の電話が鳴った。
ちっ。こんなタイミングでかけてくるヤツなんて、加藤かハゲしかいない。うんざりしながらら電話をとる。
『高橋くん、午後三時から緊急医局会議になった』
やっぱり、ハゲからだったか。
「医局会議? 先週末にやったばかりですよね」
『今回の議題は例の黒い物体の件だ。これだけ患者が増えてきちゃ、対策を立てないとまずいだろう』
「はあ、まあ確かに……」
『そういうわけでよろしく』
ハゲはえらく緊迫していたが、対策っていっても限界があるだろうが。何か釈然としない気持ちで、ボクは診察室へと向かった。
※ ※ ※
医局会議とかめんどくせ。
うちの病院は大きいから特に老害どもがうぜえ。
理想ばかりか金のことばかりか、どっちかだ。今回のようなよくわからん症例だと金にならん、とか言い出すだろう。そう思って会議に
のぞんだのだが。
「ですから、この黒い物体は全国にも広がってるんですよ。今のうち対応できるようにしておくべきです」
「大村先生、おっしゃりたいことはわかりますが、当院の人員やリソースを考えるとですね。これ以上、患者を受け入れるのは経営上まずいのですよ」
「小松院長、それでは患者さんを見殺しにしろと」
「大村先生、この黒い物体の正体はわかりますか? 治療も対処療法的に物体だけを切除するだけじゃないですか」
「た、確かに抜本的な治療法は見つかってませんが、市中にこれだけ増えた患者を見捨てるというのも、地域医療を担う当院としてはどうかと……」
院長とハゲの言い争いか。いつものことじゃないか。
「では大村先生、この物体に冒されてこれまでどの程度の患者が退院できましたか? 重症者と死者はどのくらいいますか」
「……ぐっ」
「困りますなあ、内科部長ともあろう大村先生が具体的な数字もあげられないようでは」
くくっ、と失笑があちらこちらから聞こえる。それにもめげずにうちのボスは反論する。
「具体的な数はあげられません。しかし重症者も相当数います。彼らを放置しろと」
そんな感情論に訴えたって院長は動かんと思うけど……。
「極論を言えばそういうことです。治すことができないのなら意味がない。これ以上、ベッドの回転率を低下させたら困るんです」
「患者さんに死ねって言うことですか……」
「他の患者さんもいるんだ。得体のしれない病人なんか他の病院に任せて仕舞えばいい」
ん? おい……。さすがにイラっとする。
「ちょっと待ってください」
「なんだね。高橋先生」
ムッとした表情で院長がこっちをみる。
こっちみんな! この丸メガネデブ。
きもいんだよ。吐き気をもよおしながらもボクは発言を続けた。
「小松院長のご家族も確かこの地域にお住まいでしたね?」
「それが何か」
ちっ。ツンツンした態度が気に食わねえぇえ。
「では院長先生のご家族が黒いブツに冒されても、ボクは検査を拒否しますね。なんせ院長先生のご命令ですし」
「それとこれとは別だろう? 僕の家族だって患者だぞ」
「あら? 患者ぁ? 患者さんは見殺しにしていいってお話でしたよね? あれえ?」
「……くっ。わかった。僕が言いすぎた」
ふん、勝ったぜ。こんなデブ、脅すに限る。
「ではどうすればいいですか? 院長せ・ん・せ」
「しかたない。これまで通り、黒い物体が原因と思われる患者を受け入れる。ただし……」
「ただし?」
「なるべく早期に治療法を確立することだ。そうすれば僕の、いや、この病院の評判も上がる。しいては経営も潤うからな」
てめえの評判が第一かよ。うぜえデブだ。こいつこそ黒いブツに冒されればいいのに。
「ではこれからの病棟や人員の割り振りについて、議論しましょう」
ハゲが話をまとめようとすると、また厄介なヤツが挙手した。梅田だ。
「わたくしたち外科からお願いです。当科ではオペをする人員が圧倒的に足りてませんの。お手すきの先生はどうかお手伝いくださいませ」
ちっ。男に色目使いやがって。何が『くださいませ』だ。ちょっとでも自分が楽することしか考えていないくせしやがって。梅田をにらみつけると彼女と目が合った。
「高橋先生はこの病院でも手技が一番お上手と聞いておりますわ。できればお手伝いしていただきたいのですが……。いかがでしょう」
さっき電話してきたときと口調違うし。男どもの前だと妙に丁寧なのが気に食わねえ。
「ボクだってヒマじゃない。みんながあげてくる検体を一人で処理しているんだ。ちょっとはこっちの仕事量も考えてくれ」
「あら? 最初にこの黒いものを発見したのは高橋先生でしたよね」
「だからどうした」
「だったらなおのこと対応に長けてらっしゃるのでは?」
う。痛いところをつかれた。実際ボクが一番、この黒いブツに触れている。体組織からの切除も最初の頃とは違って、手慣れてきたのは確かだ。
ただ院長が言うように、正体もわからんまま処置を続けても根本的な解決にはならん。
よっし! 両立させれば問題ないんだろ? やってやるぜ。
「わかった。ただし条件がある」
「条件? なぜそんなものをつけるんですか? よけいに給与を払えっておっしゃるのでしょうかねえ。高橋先生。」
ええい、しつこいぞ。梅田! バカ加藤のほうが可愛く思えるぜ。
「ボクの本業は病理検査だ。必ずこの黒いブツの正体と対処法を見つけるから、どうしても手が足りないときに呼べ。それでいいだろ? 梅田」
「……わかったわ」
こういう女には正論に限る。しかも公式の場だから反論もしにくいだろう。
仕事量が増えてしまうが、きもいデブ院長と媚び女梅田をやっつけることができた。おかげで爽やかな気分で会議室を出ることができた。
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