第3話
金村は、なかなか戻っては来なかった。部屋のふちをのそのそと歩く血豆のような色の蜘蛛を眺めながら待っていた倉下は、ふと先の袋が気になってゴミ箱を覗き込む。捨てられた袋の中にあったのは、パッケージに入ったまま黒く変色した魚の切り身であった。中から飛び立った黒い羽虫に思わず顔を背けると、ちょうど襖が開き盆を持った金村が現れた。金村は、倉下が見ていた物に気付いて言う。
「いやあ、お恥ずかしい。この前買ったまま忘れていましてね、ダメにしてしまった」
「ごめんなさいね、何せ人にお茶を出すなんて久々だったから、手間取ってしまって」
そう言いながら金村が机の上に置いた陶器の中には、埃の玉が浮いていた。倉下は言葉に詰まって言う。
「私、水道を見に来たんです」
「はい?」
怪訝な顔をする金村を構わず、倉下は金村を押しのける勢いで、先に金村が出てきた襖から部屋を出た。
「台所、こちらですか?」
「は、はあ」
ぽかんとする金村に、倉下は言う。
「私、水道を見に来たんです」
「それはさっき聞いたけど」
「テレビで言っていたでしょう、水道が笑うって」
金村は、言葉を探すように頭をかいた。
「君、水道屋さん?困ったなあ。来てくれたのは嬉しいけど、うちのはそういうんじゃないんだ」
「やっぱり、対局の重圧からそう見えているだけだと?」
台所まで歩きながらの問いに、金村は笑って答える。
「お、インタビューまで観てくれたんだ、嬉しいねえ。でも、実はそれもちょっと違うんだ。そうだな、実際に見て、いや、飲んでもらった方が早いかな」
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