大禍時
男は帰宅していた。独り暮らしである彼は家に帰っても温かいご飯があるわけではない。帰りに惣菜を買うか、外食で済ませるかが常だった。
外食なら、大通りを進み、立ち並ぶ飲食店を舌なめずりをしながら店を選ぶところだが、今日は商店街で揚げ物を買って帰ろうと路地に足を向けた。商店街にある精肉店の、コロッケやメンチカツが美味しかったので最近通うようになった。経営している夫婦とも仲良くなりはじめたのでそろそろ常連扱いになるかもしれない。
今日の夕食の想像をしながら、暗くなりはじめた街を歩いていく。
大通りから離れて住宅街へ。商店街に行くにはこの道が早い。家までは少し遠回りになるが、少し歩くくらいは散歩と割りきって男は歩いていく。
なんだか妙な気がしたが、内心首を傾げつつも歩いていく。
男は膨らむ違和感に足を止めた。なんだか、道に迷った気がしたのだ。
土地勘があると言えるほどこの地に住んで長い訳じゃない。しかし、商店街までの道は複雑でもなければ、大した距離もない。さらに言うなら、それなりに通った道だ。間違えたとは考えにくい。
その証拠に、辺りを見渡しても知っている場所だ。引き返す道も、商店街への道も分かる。
何もなかったように歩き出そうとして、
「おじさん。こんなところで何してるの?」
若い女の子に声をかけられた。
振り返れば、明るい髪に整った顔立ち。服装はシャツにホットパンツと露出が多い。いかにも遊んでいそうな外見だった。
「何してるもないよ。商店街に行く途中だ」
「ふーん。ほんと?迷子とかじゃないの?」
何故か挑発的な笑みで絡んでくる。
「まさか。知ってる道だよ」
「そーなんだー。迷子なら道案内してあげようと思ったのにぃ~」
石ころを蹴飛ばすようにわざとらしく拗ねて見せた女の子。その仕草に嘆息する。
「キミもこんなおじさん捕まえてないで友達と遊んだり恋人と仲良くしたりしたらどうだい。こんなところで油売るよりも良いと思うよ」
そう諭したのが間違いだった。女の子は目をキラキラと光らせたかと思うと急に腕に抱きついてくる。
「ぃや~ん。お兄さん優しぃ~。じつはモテたりする?彼女いる?良かったら遊ばない?」
「離してくれ。君には興味ない。こんなところを見られたら通報されるだろ!」
腕を引き抜こうとして、上目使いの女の子と目が合う。その目は甘く蕩けているわけでも、期待に光らせている訳でもない。冷たい、とても冷たい目で見られていた。
「見られたら?今、誰か見てるかな?」
ゾッとして辺りを見渡す。
夕方の住宅街だと言うのに人が居ない。
明かりのついた家すら見当たらない。
いつからだ?いつからこんな寂れた場所にいた?
「ねぇ~。邪魔するような人、居た~?」
抱きつかれた腕の袖をくいっと引っ張られる。つられて女の子を見てしまったのは決定的だった。
目が合うと、まるで彼女の胸の内を透かすような感覚に襲われた。
「ほら、見て。私を見て」
彼女はシャツをまくり、綺麗なお腹を露わにする。ホットパンツのボタンは外れていて際どいところまで露出している。怖い。目が離せない。強烈な怖気に今すぐ逃げ出したいのに、体は動かず視線を釘付けにされている。
「考えて。私の身体触れることを想像してみて?」
彼女の言葉は呪いだった。目の前の光景は勝手に発展していく。捲ったシャツを乱暴に剥ぎ取り、緩いホットパンツさらに緩める。
自由なはずの手はマリオネットのように彼女の身体を撫でる。
「そう。そう。もっと頂戴。全部頂戴」
奪われていく。身体を奪われ、思考奪われ、今もさらに大切なものが奪われていく。すでに前後不覚なこの身にも分かる危機。
嫌だ。―イヤだ。――いやだ!―――イヤダ!!
タスケ、テ。
月明かりに照らされ、女は舌舐めずりをした。彼女にとって食事とはそういうものだった。
男は居ない。彼が居なくなったと騒ぎになるのはいつだろうか。女は人一人居ない街を歩く。夜は始まったばかりだ。次の獲物を探して闇にとけていった。
――あとがき――
何故か、自分の中のサキュバスはこんなイメージ。
エッチな存在というよりも怖い存在。
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