第58話
ライラ、リンシア、ダミオンの別働部隊は、遠くの茂みからアイルの孤軍奮闘っぷりを見守っていた。
「よもや、本当に一人であの数を相手取るとは。先ほど手合わせした時もそうであったが、かなり洗練された強化魔法だな」
ダミオンが感心したように低く唸る。
アイルが屋敷内に強行突破してから、数分。ようやく外にいた最後の敵が中へと入っていった。
破壊された玄関部分から大量の水が流れ出てきた時は驚いたが、彼が水竜を操っていた術者を倒したという意味なのだろう。
ライラは最初彼と同じ陽動部隊を志願した。しかし、それを拒絶したのは彼だった。口実はやはり夢幻魔法のことで、無闇に他人の目に触れて欲しくないとのこと。こういう時の、彼の過保護加減には怒るべきか、喜ぶべきかよくわからない。それで、その場では意見する間もなく、いいように丸め込まれてしまった。名目上は師匠だというのに、その権限が発揮された試しは今日までほとんどない。そろそろ思い切って一喝してみようか。
「よし、我々も急ごう。一刻も早く妻を助け出し、アイルに加勢しなければ」
「そうね。ついてきて、牢屋の場所はわかるから」
リンシアはもう一度周りに敵がいないことを確認してから、敷地内へ侵入した。ライラたちも後に続く。
がらんどうになった広い前庭を、リンシアは屋敷の左側にポツンと立った、箱型をした石造りの建物へと向かっていった。
隣の屋敷内ではけたたましい音が間欠的に発生し、アイルの未だ戦闘中なのがわかる。
近づいてみると、建物の正面にはくすんだ鉄製の扉がはめ込まれていた。
「あ、あれ…… ?」
リンシアがノブに手をかけたが、それが回転する気配はない。
「鍵…… ?」
ライラが恐る恐る尋ねる。
「そうみたい。もう! いつもは鍵なんかかけてないのに!」
「下がっていなさい」
言われるがままに、二人はダミオンの後ろにつく。
すると、彼の真正面に魔法陣が現れた。そこから一体の白い騎士が生成される。白騎士は、彼の意思を最初から心得ているようで、ドアの前まで歩くと、腰に差した直剣を抜いた。
そして、一刀両断。
厚い鉄板は真ん中から綺麗に二つに分かれ、手前に倒れてくる。騎士はそれらを両手で支えると、建物の端の目立たない場所へと下ろした。その間、ほとんど物音は立っていない。
「よくやった」
ダミオンが言うと、こちらに向き直った騎士は直立不動のまま霧散していった。
「進もう」
「ええ」
リンシアを先頭に再び前進を始める。
殿を務めるライラは最後にもう一度屋敷の方に目をやる。いつの間にか、騒音は嘘のように消え、不気味なほどにしんとしていた。中はどうなっているのか。急いでダミオンの妻を救出し、アイルに合流せねば。
建物の中は人一人が入れるくらいの広さで、地面には下への階段が続いていた。十数段ほど下ると、前方に真っ直ぐ伸びたトンネルが現れる。壁に疎らに設置された蝋燭の心許ない明かりの中、奥の方に鉄格子でできた扉が設置されており、その手前では二人の男が向き合って話をしているのがわかった。
幸いどちらも会話に没頭していて、ライラたちの存在にはとんと気づいていない。彼らはすぐ横に置いてあった木箱の影に隠れた。
「あれじゃあ、進めない」
ライラは声を潜めて言う。
「任せて。私があいつらの注意を引くから」
リンシアはそう言うと、平然と奥へ向かっていく。
「誰だ!」
一人が叫ぶと、もう一人もリンシアを見る。どちらも手をかざして臨戦態勢をとっている。
「なんだ、リンシアか…… 驚かせやがって」
「おい、上では何が起こってるんだ? なんだか騒がしいようだが」
男の口ぶりから、外の音は地下にも届いていたらしい。
「大したことない。レイリーの逆鱗に触れた馬鹿が出ただけ」
「まじかよ…… 次は誰が何をやらかしたんだ」
「俺たちにとばっちりが来たらどうすんだよ、まったく」
それから、なんだか空恐ろしい三人の会話はすぐに終わり、男がドアの前へと動きだした。ドアの鍵を開けるつもりだ。どちらの男も、こちらに背を向けた状態になる。
あっと思った時には、既に二体の白騎士が発現し、彼らの背後に忍び寄っていた。ほぼ同時に、固い手刀が首筋に入る。
「がっ……」
小さな声を漏らし、男たちは倒れた。
「急ぐぞ」
「う、うん」
ダミオンの顔は明暗の関係もあるのだろうが、驚くほど冷酷なものに見えた。こんなところに最愛の人を閉じ込められ、怒りが再燃しいるのかもしれない。
それから彼は敏速な手際で、牢屋の見回りを次々に気絶させていった。総数は七、八人。
「こいつが最後みたいね」
「リンシア、てめえ…… 寝返りやがったな……」
白騎士に取り押さえられた男は、恨めしそうに顔をしてジタバタともがく。
「早く答えろ、私の妻はどこに幽閉されている」
「へっ。答えてやんねえよ。こんな失態をしたら、どっちみち俺は殺される。まだ、善良なあんたに殺された方がましってもんだ。そうだろ、リンシア?」
男の声は小さく震えていた。
「…… 違う。今日で烈風焔刃は終わるの。みんな捕まるだろうけど、殺されることはないはず。だから、協力して」
「レイリーさんに勝てるやつがいるってのか? 残念だが、いくら白翼の剣のリーダーでもそれは無理だと思うぜ。まったく、大人しく本物の騎士を連れてくれば良かったのにな。まあ、せいぜい頑張れよ、裏切りもーー」
白騎士の静かな一撃により、男は頭をうなだれて動かなくなった。
「これ以上は時間の無駄だ。とりあえず、しらみつぶしに全ての牢を確認しよう」
「そうね」
この地下牢は途中で三つの道に分かれていて、ライラは右側の通路を任された。
牢屋の中はかなり狭く、見るからに堅牢そうな太い鉄格子が充てがわれていた。その他、隣との間隔がかなり空いているのも、生々しい拘束器具があるのも、囚人が容易に逃亡できぬよう意匠を凝らした結果なのだろう。それを実演してる者がいないのが唯一の救いだ。それと、小さな通気口が空いてるだけだから、なんとなく息苦しい。
これが罪人の行き着く先。まともな生活をする権利を全く剥奪されている。
不意にソフィアたちの姿が牢内に映し出された。今頃、彼らも同じ目にあっているのだろうか。
像はゆっくりと代わり、今度は自分自身が投影された。最期の時を今か今かと待っている。そこにアイルはいない。この世に存在しているという理不尽な罪で、彼と離れ離れになり、挙句大罪人として処刑されるのだ。
やはり、ここは少し空気が薄い。
少しして、ようやく突き当たりに達する。しかし、結局どの牢屋も中身は空だった。
「みんな! こっちに来て!」
真ん中を探索しているリンシアの声が聞こえてきた。どうしたのだろう。ライラは彼女の方へと急行する。
通路の最奥、一足先にダミオンは到着していた。彼らの目の前には、大きな鋼鉄の扉があった。いや、扉というより門という方が正しい。ライラの足音を察知して、リンシアが振り返った。
「そっちはどうだった?」
「ううん。誰もいなかったよ」
ライラは首を振る。
「なに、これ?」
「私も内部の造りまでは詳しくないからなんとも。でも、奥に何かしら空間があるのは確か」
「では、この奥に妻が……」
ダミオンは唾を飲む音が聞こえる。
「可能性は高いわね。でも、これにも鍵がかかってるの」
「わかった」
白騎士が門の前に現れた。
そして、剣を構え、振り下ろすーー その直前、白騎士は動きを止めた。
「ん…… ?」
ダミオンは眉をひそめ、門の方に耳を傾ける。
「どうしたの?」
「いや、中から妙な声をが聞こえたような……」
「私には聞こえなかったけど…… でも、それじゃあ、やっぱり中に誰かが?」
「いや、違う。人の声にしては、何か変だった」
言いながら、ダミオンは吸い込まれるように門の方へと歩きだした。
さっきから言い知れぬ胸騒ぎがしていた。門の奥から黒い瘴気でも漏れ出しているような。
そっちに行ってはいけない。そっちはだめだ。だが、何がこんなに自分の警戒心を刺激するのかわからない。
しかし、突然ライラはハッとした。この感じは前にも経験したことがある。
「みんな下がって!」
ライラが叫ぶのとほぼ同時だった。鈍い音が鼓膜を震わせたかと思うと、門の中央が瞬く間に盛り上がる。隆起はダミオンの顔面すれすれで止まった。何かが外側から、尋常ならざる力で衝撃を加えたのだ。
「な、なんだ!?」
「なに、どうなってるの!?」
二人は狼狽しながら後ずさる。
地下内を揺らすような音とともに、再び鉄の門が著しく歪む。三度、四度と膨らみは増していき、ついに門は耐えられなくなった。中心から花が咲いたように、鉄が四方に裂ける。
「¥$€○*・!」
穴の向こうから、不鮮明な魔物が唸るような声。
そして、脈動する黒い皮を被った異形が姿を現した。体長は三メートルはあるだろうか。身体は人型に近いが、片方の腕部が異常に発達していて、太さは体の半分以上はある。目のあるだろう場所は皮で埋もれているが、明らかにこちらを視認している風だった。
「なによ、あれ……」
「魔物なのか…… ?」
二人はそれが何であるかわかっていない。
「アーテル…… !」
アーテルの巨大な腕が、白騎士を狙う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます