第23話

  「え、本当ですか…… ?」


  重厚なテーブルを挟んだ向こう側に座るソフィアは、狐に包まれたような顔をする。

  それもそのはず。昨日は喧嘩別れのような感じになり、アイルはきっぱり拒絶の意思を見せた。しかし、翌日、不意に舞い戻ってきて「ギルドに入りたい」と申し出てきたのだ。そんな短時間で正反対の心境に至るなんて、普通はあり得ない話だろう。

  部屋の隅では、レナードが猛獣のような目つきでこちらを睨んでいた。


  「はい」


  アイルはレナードに一瞥だけくれてやると、すぐに視線を戻した。そして、指を二本、ソフィアの前に立てる。


  「ですが、二つ条件があります」


  「条件…… どうぞ、おっしゃってください」


  「まず第一に、依頼は全て俺とライラの二人だけで行動させてください」


  「…… もう一つは?」


  「俺たちが氷晶の薔薇に所属しているということは、他言無用にしてもらいたいということです」


 条件を聞き終える頃には、ソフィアの眉宇はさらに困惑の色合いを強くしていた。


  「ええと、理由を聞いても?」


  「最初の件は簡単で、俺たちの魔法は接近戦がメインなので、遠距離魔法との連携に向かないんです。それに、二人の方が実力を発揮しやすいですし。そして、二つ目ですが、俺の家が少し特殊で、あまり目立ち過ぎると面倒ごとになりかねないので」


  アイルはその場しのぎの適当な作り話を、さも真実であるかのように、深刻な声色で聞かせた。ソフィアも一応理解を示したように頷く。しかし、未だに難しそうな顔をしていた。


  「一つ目の条件は一向に構いません。それで最大のパフォーマンスが発揮できるのであれば。しかし、二つ目は……」


  「どうかしましたか?」


  「ギルドでは、その規模のいかんに関わらず、全てのメンバーの情報を役場に届け出なければならないのです。ですから、それは……」


  「そうですか……」


  そんな規定があったとは。不正防止の一環なのだろう。


  「わかりました。すみません、いきなり押しかけてしまって。今回の話は無かったことにしてください」


  アイルはいとも簡単に引き下がった。

  そもそも、彼が氷晶の薔薇に入ることを決めた理由の一つ。それは、レイリー率いる烈風焔刃の裏情報を仕入れるためだ。約五十名から成るこの有力ギルドなら、そういう事にも詳しいはず。まあ、知りたいのは烈風焔刃自体ではなく、リンシアのことなのだが。

  それに、仕事がなく、先の見通しが立たなかったこともそれを後押しした。

  しかし、それは天秤の微妙な傾きを見ての決断。利点がある一方、最悪の場合、夢幻魔法の存在がバレるという大きなリスクを孕んでいるのだ。表立ってギルドで活動するとなれば、注目を浴び、それだけリスクは高まってしまう。匿名が無理なら、交渉決裂だ。


  「お待ちください!」


  ソフィアから待ったがかかる。


  「わかりました。それに関しては、こちらで対処しておきます」


  ソフィアの目には強い信念のようなものがたぎっていた。


  「ソフィア様! 本気ですか!?」


  室内に響く声で難色を示したのは、やはりレナードだった。


  「レナード、昨日も言ったでしょう? 薔薇が枯れれば、薔薇園は消えて無くなってしまう。それだけはさせない。何があろうと、私達はあの子達を守る義務があるの」


  やはり、リンシアを突き動かしているのは、あの孤児院の存在が大きいようだ。


  「それは重々承知しているつもりです…… ですが……!」


  「彼らが危険ではないことは、既にわかっているでしょ?」


  たかだか一、二時間話しただけで、自分たちの何がわかるのか。アイルのその疑問に答えるように、ソフィアはこちらを向き、口を開いた。


  「実は、勝手ながらあなた方のことを少し調べさせてもらいました」


  「え? 俺たちを……?」


 アイルは息を呑んだ。


  「はい。この国で犯罪歴があるか、出身はどこなのかなど」


  たった一日の間にそんなことを。

  これはまずい状況だ。下手をしたら、アイル達が禁術を有していることも調査済みなのではないか。

  アイルは固唾を飲み、続く言葉を待つ。


  「その結果、犯罪歴はゼロ、出身は近くの村だということがわかりました。お二人とも」


  思わずアイルは否定しそうになった。


  「ええと、俺たちの出自はどうやって知ったんでしょうか…… ?」


  「王都に住んでいた経歴がなかったので、しらみ潰しに聞いて回りました。そこで、たまたま王都内にいた、タレスという村の聖職者の男性に聞いたんです。『どちらも村では非の打ち所がない、とても良い子達だった』と」


  アイルは人知れず胸をなでおろした。

  彼に不利になることを言えば、復讐でもされると思ったのだろう。意図せず、タレスという従順な配下を配置できていたらしい。


  「色々と嗅ぎ回るような真似をして申し訳ありません。ですが、どうしてもレナードを説得したくて……」


  「いえ。こちらも信用を得るための手間が省けて良かったです」


  普通なら咎めるところだ。しかし、アイルは少し悪い笑みを浮かべていた。

  それを純粋に友好的な笑みと捉えたのだろう。ソフィアはパッと明るい顔をした。


  「これからよろしくね、アイル、ライラちゃん」


  ソフィアの口調が砕ける。おそらく、仲間として認められたことの証なのだろう。ライラだけちゃん付けなのは変わらないらしい。


  「こちらこそ、よろしくお願いします」


  「よろしくお願いします」とライラも頭を下げた。


 「それで、いきなりなんだけど、一つこなして欲しい依頼があるの」


 「難しいの?」


 ライラが首をひねる。


 「ううん、そんなことないわ。いくらあなたたちが強くても、いきなりそんなことはやらせない。肩慣らし程度に思ってくれて大丈夫よ」


 それを聞いて、アイルも安心した。上級の依頼など未知数で、二人でも可能なのかと思っていたところだ。


 「それに、ライラちゃんが怪我をしたら大変だからね。依頼はすぐに終わるはずだから、そしたら私の部屋においで? 思う存分なでなでしてあげるから。あ、依頼の前になでなでしておこうか?」


 ソフィアはすっと立ち上がると、ニコニコしながらライラの側に近づく。そして、ソファの小さな隙間に捻り込むように腰を下ろした。

 

 「アイルぅ…… 何か気持ち悪い……」


 ライラは怯えたように言う。


 「出やがったか。ソフィア様の度が過ぎた母性…… 年頃の女に、なぜか異常なほど母性が出ちまう面倒な性格だ。気をつけねえと、頭を一日中撫で回されて、禿げ上がっちまうぜ」

 

 真後でいきなり声がしたので、アイルは驚いて振り向いた。そこにはタイロンの姿が。


 「年頃の女って、なんだその不穏な響き…… ていうか、いつの間にそこにいたんだ?」


 「髪無くなるのいやぁ……」というライラの嘆きと、「大丈夫、ちゃんと優しくしてあげるから」と不気味な口説き文句を発しながら詰め寄るソフィアには反応しないことにする。

 タイロンもそれ以上、ソフィアの生態について殊更に説明を加える気はないらしい。


 「今さっきだよ。依頼達成の報告に来たんだ。それより、アイル。やっぱりうちに入りたかったのかよ。まったく昨日は勿体ぶりやがって」

 

 「いや、別にそういうわけじゃないんだ……」


 「素直じゃねえな。俺はお前が入ってきて嬉しいぜ」


 「え…… ?」


 アイルは意図せず固まってしまう。


 「この前の借りを返せるかと思うと、興奮が止まんねえんだ」


 「ああ、そういうことか……」


 タイロンは単純に力比べを御所望らしい。

 ついぞ経験したことのない、暖かくて柔らかな感覚はまだ胸の辺りに居座っていた。無論、タイロンに恋心を抱いたわけではない。では、何なのかと問われると答えに窮するが。

 敢えて表現するなら、氷付けにされていた心が、突然日溜りに放り出されたような。これは何なのだろう。


 「綺麗な脚ね。ちゃんとケアしてるみたい。でも、ちょっと細過ぎるかも。ご飯は十分に摂れてたの? これからは、毎日美味しい物を食べさせてあげるからね?」


 「アイル、アイル、助けて……」


 腕を掴まれて、ようやくアイルは我を取り戻した。必死に助けを乞うライラの伸びた足を、ソフィアがうっとりと撫でていた。


 「どうしてそうなるんだ…… ?」


 その時、後ろの扉が開いた音がした。


 「やけに遅いと思ったら、ソフィア様の度が過ぎた母性か……」


 ノエルだった。話が終わるまで、外に待たせてあったのをすっかり忘れていた。


 「この惨状を見るに、うちに入ってくれたんだね?」


 「まあ一応は…… これからよろしく頼む、二人とも」


 「おうよ!」


 「よろしく…… ふふ」


 突然、ノエルは人の悪い笑みを浮かべた。


 「これで、タイロンくんと二人きりの暑苦しいメンバーから解放されるぞ……」


 「何か言ったか、ノエル?」


 「いいや、何も! 本当ありがとう二人とも…… !」


 ノエルは大きな勘違いをしたまま、アイルたちに感謝を告げる。依頼のメンバーが変わることなどないのに。可哀想だから、もう少し夢見心地のままにさせておこう。

 たった数分の間に、室内は喧しくなっていた。だが、存外悪いものでもない。

 ふと、部屋の隅に目をやると、レナードの姿は無くなっていた。いつの間に外へ出たのだろう。

 余談であるが、真実を聞かされたノエルは「裏切り者!」と心底恨めしそうで、宥めるのに苦労した。

 

 

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