第22話

  「それで、ヘンリー。家はどこらへんなんだ?」


  歩きながらアイルが聞く。


  「この大通りを真っ直ぐ行って、十五分くらいかな」


  「ふーん。結構中心部の方なのね」


  「うん」


  リンシアの言う通り、四人の進行方向上には、他の建物と一線を画する荘厳な王宮が見えている。距離はまだかなりあるが。

  言わずもがな、王宮のある中心部に近いほど、貴族や有力ギルド、王国の重要機関が置かれる傾向にある。この少年ーー ヘンリーも、そのきちんとした服装から、裕福な家庭の子なんだろう。


  「それにしても、結構なりんごの数だが、兄弟が多いのか?」


  「んー…… うん! たくさんいるよ。十人以上」


  「それはまた、すごい大家族ね……」


  リンシアの顔は少し引きつり気味だ。

  それからしばらく歩くと、途中でヘンリーは大通りから小さな脇道へと入った。横幅は、四人が横に並んでも少し空間が余るほど。さっきまでの賑やかさと打って変わり、薄暗くどこか物寂しい雰囲気が漂う。


  「この先なの…… ?」


  リンシアの声も暗く感じたのは、気のせいだろうか。

 

  「うん、もうすぐだよ」


  それから、さらに進み。


  「ね、ねえ。ヘンリーのお家ってさ…… 何ていうか、普通の家じゃないよね?」


  「んー、わかんない。薔薇園っていう所なんだけど……」


  ヘンリーが喋っている途中に、急にリンシアが立ち止まるもので、アイルはびっくりした。


  「どうしたんだ?」


  「あの…… ごめん、私、用事思い出したから」


  それだけ言い残すと、リンシアは踵を返し来た道を駆けていく。


  「え? おい、リンシア!」


  呼び止めるが、彼女は聞かずそのまま行ってしまった。追いかけようにも、途中でヘンリーを置き去りにするわけにはいかない。


  「どうしたんだろう……」


  ライラが憂うような目で向こう側を見る。


  「わからない。だけど、何かを恐れている感じだった」


  そして、その何かというのは、なんとなく見当がついていた。


  「なあ、薔薇園っていうのは、一体何なんだ?」


  「えーっと…… 僕たちが暮らしてるところで、みんなが遊んだり、勉強したりする場所」


  「そう聞くと、家というより、何かの施設みたいだが」


  「ううん。みんなそこで毎日暮らしてるから、家と同じだよ」


  頑として自分の主張を譲らないヘンリー。

  ここで反論するのも大人気ないし、行ってみればわかる。そう考え、とりあえず前進しようとした。


  「何してるの〜?」


  背後から突然恨めしそうな声が聞こえ、ライラは「ひゃっ!」と背筋を伸ばした。だが、その作られた感じの声は、アイルはおろかヘンリーにも効果がなかった。それに、聞いたことのある声だ。

  アイルが振り向くと、やはり、そこには見知った人が。


  「ノエル……」


  「やあ、アイル君、ライラさん。昨日ぶりだね」


  ノエル自身も、よもや、あんな粗雑な脅かしに引っかかる者などいないと踏んでいたのだろう。その口角は、したり顔が隠しきれず、微妙に吊り上っている。

  一人だけまんまと罠にはまったライラは俯き、頰を真っ赤にしていた。


  「あ、ノエル!」


  ヘンリーは顔を輝かせ、飼いならされたペットのごとくノエルに飛びついた。


  「ノエルはヘンリーと知り合いなのか?」


  「それはこっちのセリフだよ。二人はどうしてヘンリーと一緒に?」


  アイルはここに来るまでにあったことを、掻い摘んで説明した。もちろん、リンシアの事は伏せておく。


  「そういうことだったのか。いや、ありがとう。ウチの子を手伝ってくれて」

 

  「ウチの子って…… ノエルは今何歳だ?」


  「十七だよ」


  澄ました顔でそう言われ、アイルはどう反応すればいいか分からず閉口した。


  「まあ、僕の実の子じゃないんだけどね」


  「えっと、じゃあ……」


  「薔薇園。氷晶の薔薇が運営している、孤児院の子だよ」


  「孤児院……」


  「ここまで来たんだ。せっかくだから見ていってよ」


   ノエルの後に続き、数分。


  「ここが薔薇園だよ」


  彼の視線の先には、煉瓦造りの立派な屋敷が現れた。全体的に落ち着いた色合いの外観だ。

  中に入ると、奥の方から子供達の黄色いはしゃぎ声が聞こえてきた。かなりの人数がいるようだ。


  「氷晶の薔薇がまさか孤児院を運営していたなんて」


  「まあ、世間に公言しているわけじゃないからね」


  ノエルはそう言うと、ヘンリーの背中をトントンと優しく叩く。彼はすぐに理解したらしく、奥の部屋へと走っていった。


  「ここはいつ頃建てられたんだ?」


  「二年前。氷晶の薔薇の全盛期に、ソフィア様の意向で建てることになったんだ。国からの奨励金や、ギルドの留保金なんかを使ってね」


  上位のギルドとなると、ギルド維持のために国からある程度の奨励金が拠出されるのだ。因みに、ギルドは依頼をこなした数によって評価されるらしい。


  「元々、氷晶の薔薇はソフィア様が弱者の救済を掲げて立ち上げたギルドなんだ」


  「それは初耳だ」


  話をしながら、ノエルはヘンリーが入った部屋とは反対の方へ、アイル達を案内する。中はシンプルで、テーブルと、その両側に長椅子が一つずつ。どうやら応接間のようだ。

  アイルとライラは促されるままに、席に着いた。


  「昨日は失礼なことをしちゃったね、ウチの副リーダーが」


  テーブルに置かれたカップに紅茶を注ぎながら、ノエルが言った。湯気に乗って、芳しい香りが鼻に届く。


  「いや、こっちこそ、しっかりと挨拶せず出て行ってしまって悪いことをした。…… それに、あの人が部外者を排除したい気持ちもわかる」


  アイルの頭にはタレスの顔が浮かんでいた。


  「気を遣ってくれなくても大丈夫だよ。あれは全面的にこちらが悪い。それに、今の氷晶の薔薇には君のような実力者が必要なのは本当なんだ」


  「俺なんかいなくても、氷晶の薔薇はトップのギルドとして名を馳せてきたんだろ?」


  「確かに、氷晶の薔薇はそれまでこの国で一番のギルドだった。まあ、それも半年前までの話。ある新興ギルドが現れてから、全てが崩れ去った」


  「ある新興ギルド?」


  アイルはその話に少し興味をそそられた。彼がライラと出会って、半ば隠居生活を送っていた半年。その間、国の情勢がどうなったか全く知らないのだ。


  「そう。約半年前、いきなり現れた烈風焔刃というギルド。そのギルドはたった一、二ヶ月で、ウチを差し置いて最大のギルドになったんだよ」


  「すごい速さだな…… なんでそんな急激に?」


  「正攻法では、ここまでのし上がるのはまず無理だ。そして、裏では悪い噂がちらほら上がっている。その一つが、依頼の占領」


  その言葉に、アイルは思い当たる節があった。


  「占領って言うと…… もしかして、昨日から続いている……」


  「その通り。そこの役場で、依頼が全く無かったでしょ? 烈風焔刃が役場と秘密裏に依頼の受け渡しを行なっている可能性があるんだ。で、昨日からそれが激化したってこと」


  「そんなことが……」


  「まあ、発覚には至っていないから、推測の域を出ない。だけど、依頼の減少のせいで、ウチが受けられるのは、極端に難易度の高い依頼だけ。報酬は高いけど、その分リスクが大きく、ウチでもこなせる人間は少ない」


  ノエルはカップに口をつけ、それから一つ息をついた。


  「まったく、恐ろしい奴だよ。あそこのリーダー、レイリーってやつは」


  「待ってくれ。今なんて…… ?」


  アイルは耳を疑った。


  「レイリーだよ。近くの村出身の、まだ十六歳の少年。あの若さでここまで成り上がるとはね……」


  ノエルの話は後半、アイルの耳には届いていなかった。

  レイリーといえば、アイルの幼馴染の一人ではないか。彼が追放された日は、随分酷い事をされたものだ。昔から魔法の才能はあったが、まさか、彼が半年の間にそこまで出世していたなんて。

 

  「アイル、大丈夫?」


  ライラの声が聞こえ、アイルはハッとした。


  「ああ、悪い。少し考え事を……」


  レイリーが烈風焔刃のリーダーであることはわかった。そうなると、一つの仮説が生まれる。


  「そういえば、リンシアーー じゃなくて、昨日ノエル達が捕まえようとしていたあの女性。どうして彼女を追っていたんだ?」


  「実は、あいつは烈風焔刃の初期からいるメンバーなんだけど」


  やはり、これはアイルの読み通りだ。


  「あいつが背負っていた荷物を見たでしょ? あの中には依頼書なんかが入っていたんじゃないかって、ウチは睨んでいる」


  「依頼書…… 例の、烈風焔刃が占拠したやつか?」


  「そうさ。烈風焔刃の異常な成長。その根底には、下請けギルドに依頼を譲渡していた、ということも考えられる。いくらなんでも一ギルドに全てを捌き切れるわけがないから。もちろん、それは不正だ」


  「そうか……」


  なんだかアイルは他人事のように思えなくなっていた。もちろん、二人の幼馴染が悪行を働いているというからというのが大きいが。中でも気がかりなのはリンシアだ。随分変わったように見えた彼女だが、本質的には昔と何ら変わっていないのだろうか。


  「あんな奴らのせいで、今氷晶の薔薇は資金難に喘いでいる状態なんだ。このままでは、いずれこの薔薇園の維持も難しくなる。僕はあの子達を見捨てたくない」


  ノエルはテーブルに手を置き、身を乗り出した。


  「だから、どうか氷晶の薔薇に入ってくれないかな……?」


  いつのまにか話が進んでいた。



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