第21話
「これで全部」
「ああ、助かった」
アイルは、ライラから受け取った最後のりんごを紙袋に入れる。りんごの数は少なく、全てが近くに落ちていたため、回収にはほとんど時間はかからなかった。
「はい、治った」
「ほんとだ! すごい!」
時を同じくして、少年の治療も完了する。彼はすっかりはしゃいでいた。
「やっぱりリンシアは変わったな」
「ん? 何が?」
「そんな他人に優しくしてるところ初めて見た」
「あんたね…… 私をなんだと思ってるの。小さい子を放っておくなんて、そんな悪魔みたいなこと……」
リンシアはしまったという顔をして、慌てて口をつぐむ。
半年前の啓示式から、アイル=悪魔という図式が出来上がっているらしい。それにしても、彼に気を使うなんて、以前の彼女だったら天地がひっくり返ってもあり得なかっただろう。
「それで、腕は大丈夫なのか?」
リンシアの失言には気づかなかったふりをして、アイルは話題を変える。しかし、代わりに眉をひそめたのはリンシアだった。
「腕って…… 何のこと?」
「腕の痣だよ」
「ああ…… 別になんでもない」
リンシアはバツが悪そうに目をそらした。
「リンシアならそれも魔法で治せるんじゃ……」
「あんたはデリカシーが無さすぎ。触れない方が良い話もあるの。そんな可愛い子連れ回すなら、少しくらい節度を弁えなさい? わかった?」
「別に連れ回してるわけじゃ…… そうだ。ちょっと待っててくれ」
アイルはポケットに手を突っ込み、乾燥した葉を一枚取り出した。妖精の翼片。捨てるのがもったいなくて、一応持っていたのだ。
彼は一度、紙袋をライラに預ける。
「腕を見せてくれ」
アイルは手を伸ばし、リンシアの袖をめくろうとする。しかし、彼女は拒絶するように、強引にその手を払った。
「いいって言ってるでしょ! ていうか、それ妖精の翼片? それは皮膚の再生を早めるもので、痣には何の効果もないの! しかも、粉末状にしないと効果薄いし!」
「そ、そうだったのか…… 知らなかった」
アイルはそそくさと無用の葉片をポケットに戻した。
「まったく…… この程度の怪我、マナを浪費するまでもなく自然に治るから、放置してただけ」
リンシアは呆れたように説明する。体内のマナは、一定量が保たれるよう自動的に生成され、それには体力を使う。確かに、筋の通った話だ。
それなら最初からそう言ってくれれば良いのに、という思いは胸にしまっておいた。非はこちらにもある。
「すまない、早まったことをした」
「まったく、次からはもうちょっと考えて行動してよね」
「はい……」
「…… 心配してくれっていうのは、まあ評価してあげてもいいけど」
また、半年前のリンシアの人物像にそぐわない発言。しかも、なぜか彼女は同情を誘うような弱々しい笑みを浮かべていたのだ。
「何よ……」
「いや、なんでもない」
なんだか妙に居心地の悪さを感じたので、アイルはライラの方へと逃げた。
「ライラも悪いな。いつまでも重いものを持たせて」
「ううん。私は大丈夫だよ」
そうは言っても、女性に荷物を持たせっぱなしにするわけにはいかない。アイルはすぐに紙袋を受け取った。
「買い物の帰りだったのか?」
アイルは少年に聞く。
「うん。おつかいを頼まれたんだ」
「そうか。なら、これは俺が運んでいくよ」
「え、いいの……? 僕の家、ちょっと遠いよ?」
「ああ。ちょうど、やることがなくて暇だったし」
「やった! ありがとう!」
少年は満面の笑みを見せた。
「リンシアはどうする?」
「別に私も今日は暇だし、しょうがないから一緒に行ってあげる。あんただけじゃ、なんか不安だし」
「どれだけ信用ないんだ……」
リンシアは平常運転に戻っているように見えた。
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