第14話
「タレスさん……なんですか? 」
アイルは恐る恐る尋ねる。
その顔は確かにタレスに酷似している。
しかし、アイルは断定しかねた。彼の異常につり上がった口角と、悪魔のように細められた目が、彼を別人のように見せていたからだ。
「罪人…… 死刑…… 私は、人々を正しき道へ、導く者……」
素っ頓狂な短い笑い声を所々に挟みながら、タレスは意味不明なことを言う。その声もやはりタレスのものだ。しかし、今まで見てきた彼の人物像とは、大きくかけ離れている。
「…… あなたが、ライラを?」
「禁術…… 貴様の存在は罪そのもの。なぜ生きている?」
話が噛み合わない。
アイルはゾッとする。よく見ると、タレスの血走った目はアイルなど捉えておらず、しきりに上下左右に動いていた。
「答えてください! 崖の上にたのはあなたなんですか? 何でこんなところに?」
「貴様は、どうしてのうのうと生きていられるんだ?」
人が変わったように、急にタレスの語気が鋭くなる。
「裁きを受けずに、村から逃亡しおって」
「何を……! あなたが見逃してくれたんじゃないですか!」
「黙れ! その嘘で塗り固められた口を開くな! 」
唾を飛ばしながら、タレスは叫ぶ。
アイルはただただ当惑するばかりだ。まるで精神が壊れてしまったように見える。たった十数時間の間で、彼の身に何が起こったというのだろう。
「悪魔め…… 早急に消さなければ。この世から」
決意に満ちた声でそう言うと、タレスは手をかざしてきた。
「死ね!」
彼が言うと、曇天の空に激しい光が走った。光の線がアイルめがけて降ってくる。
「くっ!」
しかし、その光はアイルの真上で暗闇に飲まれる。すんでのところで、彼のインフェルノが雷を打ち消したのだ。
「ああ、なんと禍々しい! まさに悪魔の力!」
タレスは剥き出しにした歯を食いしばる。
「何が起こってるかわからないが、この人、本気で俺を殺す気だった……」
アイルは、一度タレスから距離を取ると、大きな岩の陰にライラを下ろした。彼女はまだ眠ったような呼吸を繰り返している。
「待ってろ、ライラ。すぐ戻る」
優しくそう言うと、すぐにアイルは岩陰から離れた。
「まったく、素直に罰を受け入れれば良いものを…… 」
タレスは先ほどの位置から全く動いていなかった。
「一体何があったんですか? あなたは聖職者でしょう? そんな簡単に人を殺すようなことをしてーー」
「口を開くな! 悪魔が!」
タレスの怒りを体現するように、再び降る雷。
しかし、何度やっても結果は同じだ。通常の魔法では、真っ向からやり合っても、アイルの圧倒的な夢幻魔法に敵うわけがない。
「さっさと死ね!死ね死ね死ね!」
鳴り止まない轟音。雨のごとく降り注ぐ雷。
しかし、全て無意味だ。
「この……!」
もう何度めか。またタレスが魔法を発動させようとする。
「いい加減にしてください! 人を殺してしまっては、あなたも罪人ですよ」
「ふふっ。ふふふ! 何を言いだすかと思えば」
タレスは冷笑を浮かべ、軽蔑を込めた視線をアイルへと向けた。
「貴様はあの竜を殺しただろう?」
「それはあの竜種が俺を襲おうとしたから。それとなんの関係があるって言うんですか?」
「根本的には同じことなんだよ! お前は国を滅ぼしかねない悪魔だ!人間ではない! 襲われる前に殺す! わかるだろ?」
「俺は誰も襲う気なんてありません」
「なんだとぉ?」
タレスは手を伸ばし、愛おしそうに反対側の腕があった部分を撫でた。
「これは痛かったなぁ…… 私の腕。どうしてこうなったと思う?」
「それは……」
アイルは言葉に詰まる。
すると、タレスの顔は鬼の形相へと豹変した。
「貴様がやったんだろうが! 私が犯人だという証拠があったのか!? 違うだろ!? 頭ごなしに私の腕を焼き落として、さぞ気分が良かっただろうな!」
「違う! あの時は仕方なくて……」
「仕方ない? あれが不可抗力だったと? 笑わせてくれる」
タレスは嘲るように口角を上げた。
「貴様は大いなる力を手に入れた。ほんの少し前まで無力だった貴様が。…… 虐げられる側の者が圧倒的な力を手にした時、どうなるかわかるか?」
考えつく暇も与えず、タレスは続きを口にする。
「解は至極明快。今まで抑えられていた鬱憤が、解き放たれる。そ奴はそれを"悪を討つ"という私利私欲にまみれた大義名分にすり替え、気に食わぬ相手を次々と虐げていく。自分が全能の神になったと勘違いする。抑制する精神が"力"に追いつかないのだ」
つまり、アイルがタレスの腕を灰に変えたのは、未熟な精神を持った彼が過ぎた力を手に入れて、有頂天になっているからということだ。
まるで説教でも受けている気分だった。だがそれが応えたのは事実である。
「まさに悪魔の所業であろう? まったく、こんなものを育てるとは、リビエール家のクソ共は何を考えているんだ? ああ、同病相哀れむといったところか」
「お前……!」
明確な怒りが、憎悪がアイルの全身を包む。家族同然に接してくれた、リビエール家の人を貶されるのだけは許せなかった。
「ちょうどいいから、貴様を葬った後に、あの一家にも罰を与えよう! ああ、可哀想にな! 貴様があの家族を罪人にしたんだ!」
タレスはひどく愉快そうだ。
こんなもの、彼の詭弁に過ぎない。耳を傾ける必要などない。必死に言い聞かせる。しかし、今や彼の言動や所作、その全てが真理をついているように錯覚し、ひどく憎らしかった。
「いい加減にしろ」
アイルはタレスを睨みつける。
「くふふ…… 私が憎いか? ふふっ、ふふふ!」
気色の悪い笑い声。
すると、タレスの身にまとっていたローブの下で、何かがもぞもぞと動く。そして、その布を突き破り、何本もの黒い何かが飛び出した。
「あれは…… アーテル?」
その禍々しい触手のようなものは、アーテルの腕とそっくりだった。
「それなら、私を殺してみろ! さもないと、貴様も、貴様の家族も皆死ぬぞ!」
タレスの顔が狂気に染まる。
そこにいるのがタレスなのか、アイルには分からなかった。
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