第11話

  「魔法が使えないって…… ったく。足手まといにだけはならないでくれよ」


  そう不快感をあらわにするのは、列の先頭にいる目つきの悪い、二、三十代の男ーー ダイン。依頼を生業にして、十年が経つらしい。

  彼の魔法適性は無属性魔法の一つ、具現化魔法。剣や盾、その他色々な物質を生み出すことができる。世間的には召喚術の下位互換と揶揄されているが、マナの消費が比較的少ないから、使いようによってはそれを凌ぐ効力を発揮することもあるのだ。

  しかし、ダインは初歩的な魔法しか使えないと言う。だから、簡単な依頼ばかりしかこなせないらしい。


  「ええ、もちろんです。 精一杯頑張ります」


  ダインのすぐ後ろにいたライネスは、変わらず陽気な感じで言う。

 ライネスはアイルと同い年くらいの少年だ。白い髪をしていて、赤い瞳が整った顔をより妖艶に見せる。彼も魔法は得意でないとのこと。

  現在、アイル達四人は、"妖精の翼片"という薬草の採取に向かっているところだ。本当はアイルとライラの二人で依頼を受けたかったが、不運にも安全な依頼はほとんどなかった。仕方なく、この寄せ集めの四人で依頼に出向くことに。

 

  「いいか、ライラ。何があっても魔法は使うな」


  「わかってる」


  「もし何かあれば、俺がどうにかするから」


  前の方で二人が話し合っている間に、アイル達は小声で最終確認を済ませる。魔法さえ使わなければ、その存在がバレることはない。


  「はあ、なんだか面倒くさそうな人と一緒になっちゃいましたね」


  アイル達の方へ避難してきたライネスは、そんな愚痴を漏らした。陽気そうな彼も、少し顔が引きつっている。


  「まあ、あっちも生活がかかってるんでしょう」


  「大変ですねぇ」と他人事なライネス。

 そんな彼には少し不審な点があった。

 まずは纏っている衣類。とても生活が困窮してるとは思えないほど、上等なものを着ている。こんなレベルの低い依頼を受けるのは、魔法の才がなく、よっぽど生活に窮しているものだと認識していたが。何か訳があるのだろうか。

 それに、雰囲気がなんだか独特なのだ。フランクな性格のようだが、そこに隠れて、黒い何かを感じる。


  「あ、それより、聞きましたか? 例の噂」


  考えが煮詰まる前に、ライネスに話を振られる。


  「噂?」


  「はい。なんでも、昨夜、近くの村がアーテルという化け物の群れに襲われたらしいんですよ」


  全くの不意打ちだった。アイルの表情が一瞬だけ固まる。

  もうそんな情報が出回っているのか。


  「初耳です。そのアーテルとは?」


  アイルはどうにかしらを切る。


  「なんでも、全身真っ黒の怪物らしいんですけど、未だにその生態がよくわかってないらしいんですよ。ただ、一体だけでも小型の竜種と同等の危険性があるらしいんですよね」


  「そんな奴が…… それで、その村はどうなったんですか?」


  アイルは続きを促す。事の顛末を知っておきたかった。


  「そこの聖職者の話では、どこからともなく現れたヒーローが助けてくれたらしいんですよ」


  「ヒーロー……?」


  「はい。颯爽と現れて、何かすごい魔法でアーテル達を瞬時に倒したらしいです。正体も明かさず、カッコいいですよね」


  「そうですね……」


  アイルはひっそりと胸をなでおろした。

  タレスが良い感じに誤魔化してくれたらしい。おそらくそれは、アイルを思ってのことではなく、自らの保身のためだとは思うが。


  「一体どんな魔法を使ったんでしょうね?」


  「さあ…… 俺はあまり魔法のことは詳しくないので」


  夢幻魔法なんて言えるはずもない。


  「ふふ、そうですか……」


  突然のことだった。ライネスは、ゆらりとアイルの方へよろけたかと思うと、肩に手を置き顔を近づけてきた。


  「僕はね、何か禁術の類を使ったと思ってるんですよ」


  耳元で、吐息交じりにそう囁かれる。

  その一言で、アイルは背筋に冷たいものが走る感じを覚え、足を止めた。まるで巨大な竜にでも睨まれたように、体が萎縮してしまう。


  「身体がバラバラになってたらしいんですよ。しかも、一体だけじゃない。数十体ですよ? それを騎士が駆けつける前に…… びっくりですよねぇ?」


  ライネスは自分の顔を、アイルのすぐ目の前まで近づける。いつのまにか彼はうっとりしたような口調になっていた。まるで人が変わったようだ。


  「普通の魔法なんかじゃ、そんな芸当、到底不可能です。でも、一部の人間を除いては、どんな理由があろうと禁術を使うのはご法度。そのヒーローは禁忌を犯してしまったんですよ。それはもう、ただの罪人。 今後、彼はどうなるんでしょうね?」


  この発言の裏にはどんな真意が隠れているのだろう。

  まさか、ライネスはアイルの正体を知っているのか。だとしたら、彼の狙いは何なのか。

  アイルは咄嗟に魔法の準備に入った。ライラの一挙一動に目を光らせる。もし、何か怪しい動きを見せればその時は。


  「とまあ、これは素人の適当な見解なんですけどね」


  しかし、ライネスはすぐ、あのおちゃらけた感じに戻り、前を歩くダイン達の方へ話しかけにいった。


  「あいつは一体……」


  「あの人、怖い」


  ライラも何かを感じとったらしい。


  「ああ、そうだな…… ライネスは何か知っているのかもしれない。目を離さないようにしよう」


  「おーい、見えてきたぞ!」

 

  いつのまにか、かなり前に進んでいたダインが大声でこちらを呼ぶ。どうやら目的地に到着したらしい。

  その奥に見えたのは、地面を引き裂くようにしてできた、大きな崖だった。

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