第10話

 

  徒歩で二時間。ようやく到着したのは、サンクトゥス王国の王都。アイルの住んでいる村もこの国の領内である。

  大きな通りの両端では、青果から衣類まで、様々な出店が開かれている。そこは、多くの人でひしめきあい、活気で満ちあふれていた。遠くには存在感のある大きな王宮が聳えている。


  「わあ……」


 村とは正反対のその壮大な景色に、ライラは忙しなく視線を動かしていた。


  「さすがに王都は広いな。これは、はぐれた終わりだ。ライラ、しっかりついて来るんだぞ?」


  まるで親が小さな子に言うセリフだ。

  しかし、隣にいるはずのライラから返事がない。


  「ライラ……?」


 まさかと思い振り返ると、彼女はいた。


  「なんだ、びっくりさせないでくれ……」


  アイルは思わず安堵の息をもらす。こんな序盤ではぐれたら、とんだお笑い種だ。

  しかし、なぜかライラは歩き出そうとはせず、じっとアイルを見つめている。

 

  「どうした? 腹でも痛めたか?」

 

  「手」


  一言そう言って、ライラは細っそりとした腕をこちらに伸ばした。

  アイルは首をかしげる。


  「手?」


  「はぐれないように」


  「そ、そういうことか……」


  ようやく理解した。手を繋いでくれ、ということだ。しかし、アイルはそれをすんなりと受け入れることはできない。


  「べ、別にわざわざそんなことをする必要はないだろ? はぐれるなんてこと、そうそうないし。そもそも! 手を繋ぐなんて、こ、子供じゃないんだから! ライラは少し心配しすぎだ!」


  アイルは適当な理由を並び立てて、ライラの申し出を渋る。

  気恥ずかしいのだ。

  半年間、夢幻魔法の使い方を教えてもらうため、ライラと寝食を共にしてきた。だが、年頃の男女が二人だけで生活していたにもかかわらず、今までこれといった進展もないのだ。それは、彼が夢幻魔法の事に半ば心酔し、さらにライラを恋愛の対象として捉えてなかったことが大きい。義理の妹とか、そんな風に考えていた。

  しかし、いざ、こういう場面に直面すると、彼の成熟しきっていない少年の心が遺憾なく表に出てきてしまう。


  「……」


  ライラは何も答えない。代わりに、不満げな視線を送ってくる。


  「な、なんだ……」


  「なんでもない」

 

  ふいに、ライラの手が引っ込められる。そして、ぷいと顔を背けてしまう。そんなに気に入らなかったのか。


  「待て! わかった! 俺が悪かった!」


  アイルは咄嗟に手を伸ばし、ライラの手をそっと握った。いや、握るというより、手を添えると言った方が正しい。


  「ほら、これでいいだろ? こ、このくらい簡単なことだ」


  「…… うん」


  あまり表情に変化はないが、どことなくライラの顔が満足げに映った。

  側からみればぎこちないカップルのような形で、二人は王都を進んでいく。アイルとしては、文字通り手に汗握る状態だった。

 

 「それで、これからどこに向かうの?」


 「役場に行って、依頼を受けようと思う。あんな黒々とした魔法を見られる訳にはいかないから、簡単にできるやつ。そうすれば今日の食料代くらいにはなるはずだ」


 夢幻魔法の大きな欠点として、発生した事象はほぼ例外なく真っ黒な色になるのだ。そんな魔法他には無いから、見られたら一巻の終わりだ。


 「じゃあ、毎日それをやるってこと?」


 痛いところを突かれ、アイルは立ち止まる。


 「…… とりあえず、安定した収入が入るまでは」


 果たしてそんな日が来るのだろうか。

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