第9話
禁術。
それは世界的に定められた、"破壊的な脅威"と"命の冒涜"のいずれかに該当される魔法のことである。
前者は数百を超える人間を一度に死に至らしめる魔法のこと。後者は人間を生きながらに辱める魔法、死後の魂を貶める魔法を指している。
そして、一口に禁術と言っても、その程度によって段階的に罰則が異なる。使用した時点で捕縛の対象になるものもあれば、適性者であるというだけで死刑になるもの。後者に当たるのは黒魔術もとい夢幻魔法だけだが。さらに、禁術は例外的に王国ごとの法には依らず、世界で決められたアリスフィア法が適用され、その処罰が決定される。
「火、火、火、火……」
アイルは瞑目しながら、何度も唱える。別にこれは彼がおかしくなったわけではない。
彼の目の前には、おあつらえ向きの巨大な岩が立ちはだかっていた。高さは三メートルほどあるだろうか。
視界に映る物体に、自分が思い描く事象を重ね合わせる。すると、身体を巡っていた"力"が一点に集まって行くのを感じた。静止している物体であれば、当てるのは容易い。
「はっ」
岩はたちまち黒い炎に飲まれ、次の瞬間、そこには何も無くなっていた。
硬い岩をも消し去る威力。それなのに、アイルの顔色は晴れていなかった。
「くそっ…… 全然だめだ」
「アイル、壊すのは上だけ」
真後ろで見ていたライラが言う。
「わ、わかってるんだが…… 」
村を救った翌日、ライラ監督のもと、アイルは夢幻魔法の練習をしていた。
今やっていたのは、岩の上部だけをピンポイントで狙う練習。完全な失敗に終わってしまったが。
「炎を想像するのはだいぶ簡単になってきた。でも、やっぱり、加減具合がまだわかっていない。少し出力を上げようと思ったら、これだ」
自然とため息をが出る。
夢幻魔法というのは、マナではない"何か"を源泉としているらしい。そして、夢幻魔法の適性者にはマナが存在していないと、ライラに教えられた。では、それが何なのかということは彼女も知らないようで、二人はそれを"力"と仮称することにした。それは通常魔法で使用されるマナよりも強大で、とめどなく溢れてくるため、調整が非常に難しいのだ。
さらに、夢幻魔法の特筆すべき点は、魔法の発動形態が他のそれとは大きく異なることだ。
夢幻魔法以外の魔法(簡易的に一般の魔法と呼ぶ)は、自らの内にあるマナを変質させることで多様な姿に変わる。例えば、炎の属性魔法の適性者は前述の過程をもって、火柱や火球等、多彩な魔法を発動させているのだ。しかし、いくら変質しても、自分の適性以外の属性は扱えない。つまり、型がある程度決まっているのだ。
一方、夢幻魔法は、自分の想像し得る事象であれば、どんなものでも発現させることができる。つまり、型は無限にあり、全ての属性を網羅していると換言できる。ただ、その事象のことを仔細まで知り尽くしていなければ、想像は実像にはならない。
「夢幻魔法はね、まずは発動させたい魔法をよく知ることから始めなきゃいけない、です」
「どういうことなんだ?」
「例えば、炎を出したいなら、炎の温度、形、色、どうやって発生するか、とか。色々知ってなきゃ発動できないの、です。あ、また……」
敬語に翻弄されながら説明する半年前のライラが浮かぶ。彼女がアイルに見せてくれた魔法は、あの黒い怪物の召喚だった。あの怪物が巨大な岩を容易く捻り潰す瞬間は、なんとも爽快だった。
そういうわけで、初期の練習では、ひたすら火を起こして観察することに徹した。実際に目で見て、温度を感じて。なんとも地味で退屈なものだった。
そんな夢幻魔法にも欠点が存在する。それは魔法が情念に大きく左右されることだ。
「気をつけなくちゃいけないのは、強い感情が生まれたら、"力"を使っちゃだめってこと」
「強い感情?」
「えっと…… 例えば、アイルが誰かを殺したいほど憎いと思った時。そういう時は、自分の発動したい魔法より先に、その感情が魔法として現れちゃうの」
なんだか物騒だ。
「あれ? でも、曖昧な想像じゃ魔法は発動しないって」
「詳しいことはわからない、です。でも、事実なの。だから、アイルがそうなった時は、絶対に魔法は使っちゃだめだよ? です」
そう念押しされた。
以上が、半年前にライラから教わった内容だ。
「昨日は力のコントロール、ちゃんとできてたのに」
「ああ、そうなんだが…… 昨日の方が余程面倒な的だったのにな」
「やっぱりまだ不完全だったんだね」
少し呆れたような口調のライラ。彼女はアイルの横まで移動すると、粉々になった岩の方を見やった。
「あの女の人を助けるって聞いた時は不安だった。失敗したらどうしようって」
女の人とは、シエラのことだ。
「俺もアーテルだけに魔法を当てられるか正直不安だったんだけどな。でも、あいつだけは、どうしても自分の力で助けたくて」
村人の救出の際、アイルはまだ夢幻魔法をマスターしていなかった。要はぶっつけ本番で、救出に向かったのだ。
「好きなんだね」
「家族として、な」
誤解のないように、アイルは訂正した。
「家族……」
ライラは独り言のように呟く。その目はどこか遠くを見ているようだった。
「何か思いだせそうか?」
「ううん、全然」
ライラは力なく首を振る。
「そうか…… 本当に何も覚えてないのか?」
「うん。アイルと出会う前の記憶がほとんど抜け落ちてるの」
平時と変わらぬ、小さくあまり抑揚のない声。しかし、半年一緒に暮らしてきたアイルには、その声の微妙な変化を感じ取っていた。
半年前から、ライラの記憶が戻る兆しがない。なぜ、怪我だらけの状態で彼女があの場にいたのかすら、わからず終いだ。
「覚えてたのは夢幻魔法のことと、アーテルのことだけか。かなり局所的だな。ていうか、今更だがアーテルって魔物なのか? 教本は結構読み漁った方なんだが、あんなもの見たことがない」
「わからない。アーテルのことは、記憶に薄っすら残ってただけだから。でも、もっと大きくて、怖いのもいた気がする」
「あれでもかなり危険な奴なのに。あれ以上凄いのが出てきたら、村じゃ自衛するのは無理だろうな……」
「そうだね」
会話が途切れる。
「とりあえずそろそろ宿に戻ろう。今日は俺がご飯を作る」
暗い雰囲気を払拭しようと、アイルは話題を変える。
「できないよ」
「おいおい。確かに俺は料理が下手だが、一応食べれるものにはなってるだろ?」
「そうじゃなくて」
アイルは次の言葉を待った。
「食料もお金も、昨日でなくなったんだよ?」
「あ、そういえば……」
ヘイゼルから貰った金貨は底をついていた。村で簡単な作業を手伝い、日銭をコツコツ集めていたが、そんなもの何の足にもならない。
「そうなると、俺たち今日から住む場所も食べるものも無いのか?」
ライラは無言で首肯する。
「嘘だろ……」
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