第8話

  アイル達が村を去り、数十分が経過した村内。事態の収拾に向かっている最中、訪問者が到着した。


  「騎士様! 夜分にお呼び立てしてしまい申し訳ありません!」


  かしこまった口調でそう言い、タレスは深々と頭を下げる。

  彼の目の前にいるのは、銀色の鎧をまとった二人の騎士だ。どちらもヘルメットまでつけているので、顔は見えない。


  「伝書鳩には、黒い化け物に村を襲撃されている、と書かれていたが……」


  背の高い騎士はタレスに一瞥もくれることなく、辺りをゆっくりと見回した。


  「ここの者だけで鎮圧できたのか?」


  「はい! 数人の怪我人、建物の倒壊がありましたが、皆で団結し、どうにか辛勝いたしました!」


  タレスは胸を張り得意げにうそぶく。


  「ほう、そうだったか」


  頷くと、騎士は近くに転がっていた黒い塊に目をやる。

  異形の残骸だ。アイルが倒した個体は跡形もなく消えているので、あれはライラが倒したものである。


  「あれは、アーテル……」


  「アーテル……? そういえばあの小僧も……」


  タレスは慌てて口をつぐんだ。


  「小僧がどうかしたか?」


  「い、いえ! なんでもございません!」


  タレスはぶんぶんと首を振った。

  ここで、アイルのことがバレれば、色々と問いただされるに決まっている。最悪の場合、アイルを見逃したことで、村全体が不利益を被るかもしれない。それだけは避けたかった。生憎、村長は怪我を負って治療中だから、自分がどうにか隠せ通さねば。

  幸い、騎士からそれ以上の追及はなかった。


  「見たところ全部小型みたいですけど、これは異常ですね」


  ここに来てようやく口を開いたもう一方の騎士。鎧で体格はわからないが、身長はかなり低い。その声の感じからも、歳はアイルに近いように思える。


  「どういうことだ? サミュエル」


  「いやね、ルークさん。下級とはいえ、アーテルは生半可な魔法じゃ傷一つつけられないんですよ。それを、こんなぐちゃぐちゃにするなんて…… うちの騎士団でも、ここまでできる人間はそうはいません」


  「なるほど。アーテルと対峙した者だからこそわかるものか」


  「そんなところです。あれは…… 空間魔法の類で、体を引きちぎったのか、あるいは自らに強化魔法をかけるバーサーカーさんかな? あ、召喚術でも似たようなことはできますね!」


  サミュエルという騎士は、なぜか愉快そうに言う。騎士とはもっと高貴で、何事にも威厳のある所作を欠かさないものという認識があった。だが、今相対しているこの騎士は、全くそこから乖離している。


  「それで、タレスさんって言いましたっけ? この村にそんな凄腕の魔法師がいるんですか? それなら、是非お会いしておきたいですね。王国のために、騎士団に入っていただきたい」


  サミュエルは、酩酊してるのではと疑いたくなるような、ぬるりとした足取りでタレスに近寄る。本当に彼は騎士なのか。

  しかし、タレスの警鐘はルークより、むしろ彼の方に激しく鳴らされていた。それは未知のものに感じる恐怖に近い。


  「いえ、それは……」


  サミュエルの異様な雰囲気に圧され、タレスは数秒という致命的な時間、口ごもってしまう。


  「明らかに何か隠してますね。ダメですよ、タレスさん。騎士に隠し事なんて」


  鎧のカチャカチャという耳障りな音を立て、サミュエルがさらにタレスへ接近する。月明かりに照らされ、バイザーの隙間から見えたのは、狂気に満ちた赤い瞳だった。


  「私は、そんな……」


  「おい、一般人を脅すようなやり方はやめろ」


  「ちょっとからかっただけじゃないですか。ねえ、タレスさん?」

 

  「は、はい……」


  タレスが答えると、ようやくサミュエルはルークのところまで下がった。

 一気に肩の力が抜ける。


  「だがまあ、こちらも上にしっかりとした報告をしなければならない。悪いが、何か知っているなら教えてもらおう」


  「実は……」


  観念したタレスはポツリポツリと、先ほどの出来事を伝えた。


  「外部の人間。それも、見たことのない魔法を使う者たちが助けてくれた、か……」


  「それなら、最初からそう言ってくれればいいのに」


  「す、すみません。色々なことがあって、頭が混乱していました」


  頭を下げるタレスは、心の中でひっそりとほくそ笑んでいた。アイルと黒魔術のことについては、どちらも初めて見た、と事実を改変したのだ。


  「だが、そんな都合よく助けが来るものか?」


  ルークは未だ納得していない。タレスは心臓が飛び出るような思いになる。なんと疑い深いのだろう。

  だが、意外にも助け舟を出してくれたのはサミュエルだった。


  「聖職者の地位にある人間が、これ以上、下手な嘘をつくわけないですよ。そうですよね、タレスさん?」


  「も、もちろんでございます! 騎士様方に嘘をつく理由なんてございません!」


  好機を逃すまい、と言わんばかりにタレスは早口にまくし立てる。


  「だそうですよ。行きましょう、ルークさん」


  妙に長い間が空いた。


  「……そうだな」


  あっさりと二人の騎士はタレスの元を去っていった。

 助かった。自分はこの村を守ったのだ。長らく緊張状態にあったせいなのか、頭がぼやける。さっさと復旧作業を終わらせて、床につきたい。

 タレスはふらふらと、村の手伝いに向かった。

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