第二章 逃走編

第二十七話 脱出後

夜の森の中、一人の青年がたき火をして、火に当たり体を温めている。


火の周囲には串で刺した何やら肉のようなものも並べられており、それがある程度火が通ったのか色が変わってくると、串を手に取り食べている。


お腹が空いていたのかその食べっぷりはなかなか豪快で、並べられていた串が次々に無くなっていく。


肉のようなものを食べ終えて青年は満足したのか、体を横に倒した。


と、その青年の腰に差してある剣が急に光を発し出した。


するとその後どこからともなく声が聞こえた。


どう見ても周囲には青年以外にはいなく、また、青年もその剣に向かって語りかけている様子を見るに、その言葉は剣が発しているもので間違いなかった。


剣、ネームレスは少々疲れたかのように言葉を発する。


(して、この後どこへ向かうつもりなのだ)


その言葉は青年に対しての今後の動きを聞いているような内容であった。


それに対して青年、ジュナスは答える。


「そりゃ、北に向かってフィーリッツ王国に向かうべきだろ。というかこの世界で身寄りのない俺が、唯一頼れる場所とも言えるからな」


だがその回答に対してネームレスは少し苛立つような声で更に語る。


(その答えは既に一週間近く前から聞いておる。いつになればそのフィーリッツ王国とやらに着くのだ?この様に無駄に時間を浪費しているようであれば、我の分体をさっさと探す方がよほど有意義といえよう)


実際その通りでこの一週間ほど休憩は挟んでいるが、走り通しで近くにあった森に入った。


当然追っ手を警戒してのことだが、そのおかげで追っ手は今のところ見えないが、代償として方角がわからなくなった。


「それはそうだが、そもそも北がどっちかいまいちよくわかんねぇんだよ!コンパス(方位磁石の方)よこせコンパス!とりあえず日が昇った方を東として向かってるはずなんだが・・・この世界の太陽が東から昇ってなければそれは知らん!」


この世界の事がネームレスの知識以外わかるはずもなく、ネームレスの知識も非常に偏っているため、使い勝手がいいかと問われると正直微妙なところだった。


(やれやれ・・・お主はもう少し頭が回ると思っていたが、この有様とは・・・)


心底呆れたような声色で語りかけられる。


「うっせ!大体こんな展開想像できるか!今までの俺の会話はほぼ予め想定していたことだったからスムーズに行っただけだ!どことも知らん地で北に向かうなんて、現地に行かなきゃ想像しても無駄だろ!」


ある意味それはそれですごいことなのだが、確かに異世界の地図がある訳でもないので、正論ではあった。


(しかし本当にどうするつもりだ。この一週間全く進展がないぞ)


「そうでもないだろ、あの最悪の地獄から脱出できたんだ。あの先がまさかの下水道に繋がってたから、危うく街中に出そうになったが何とか外に出る道もあったんだ。進展あったじゃないか!」


随分とポジティブな思考を持っているのか、それとも今の状況下すらも天国だと感じるくらいには、あの実験の日々は苦しかったのかもしれない。


(・・・・・・・・・ふっ・・・・・・)


だがネームレスから返ってきたのは嘲笑というか失笑というべきか、そんなニュアンスを含んだ言葉であった。


「おい今お前鼻で笑ったな?第一だ。お前の分体探しだって結局当てのない旅になるんだろ。ある程度近づかなきゃお前は分体の存在を感じ取ることが出来ないんだろ?」


(その通りだ)


ネームレス自身の分体故に近くにいれば自分で解るが、流石にこの広い世界のどこに自身があるのかがわかるほど都合のいいものではなかった。


結局しばらく放浪することは確定していたのである。


「だったらむしろフィーリッツ王国に行って、オフィーリアやアグスティナさんの力を借りた方がよっぽど早く見つかるんじゃないのか?人海戦術が使えるんだ。俺達二人で探すよりよっぽど効率がいいだろ」


(・・・・・・・・・・・・・・)


そう言われるとその通りではある。


しかも自分の分体ともなると、意思を持っている可能性も高いので、既に人の手に渡り、或いは操っている可能性もありえたので、それこそ人に紛れている事だってあり得る。


そうなると人を使う人海戦術は確かにかなり合理的ともいえた。


そこまで考えるとネームレスはしぶしぶ納得したという風に会話を止める。


それに対してジュナスはやれやれといった風に肩をすくめて、会話は終わりといわんばかりに休息の体制に入った。


つまりは眠ろうとしたという事だ。


体を倒して目を瞑る。


この数日まともに休息など出来てはおらず、今回も軽く休む程度だろう。


何せ、いつあのキチガイな実験場所に戻されるとも限らないのだ、追っ手を警戒して当然と言える。


この一週間も殆どを移動に使っていたため、ジュナスの疲労はかなり溜まっていたのだが、それでもかつての世界から考えればありえないほどの体力である。


本当にあの実験で体が変わってしまっていることは明白で、ジュナスはふと元の世界に帰った時、体も元に戻るのかなどと考えたが、いくら考えても答えの出ないことに気付くと「はぁ」とため息一つついて思考を止め、意識を手放そうとした。


ネームレスは基本的に眠らないため、見張りはネームレスがやってくれている。


いかにネームレスといえど、俺の体を奪うにしても操るにしても、俺の体が無事じゃないと出来ないし、何より契約があるため、それを破られることもない。


ジュナスは見張りをネームレスへと任せて眠りに着いた。

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