第二十八話 悲鳴

暗闇の世界だ、ここは夢の世界だろう。


さっき眠りに着いたから間違いない。


ということはまたいつものあれか。


といっても少し前にあったのとは少し違う。


およそこの一週間ほぼ毎日といっていいだろう、夢である。


それはあの下水道を通った時の記憶だ。


下水道・・・あの先は確かに下水道だった。


だがあの後すぐに下水道だったというわけではない。


その前に、人工的に掘られたとでも言うのか、そんな地下道のような道が続いていた。


そしてそれを成した生物もまたそこに存在したのだ。


ゴブリン・・・・・


体長1m前後、小さな体に緑色に近い体色、額にはうっすらと小さな角のようなものが生えている。


顔はかなり醜悪で、ゲッゲッゲとどこかの妖怪アニメのオープニングのような声を出す。


大抵が手には木で出来た棍棒のようなものか、中には太い木の枝をそのまま持っている者もいるし、酷いものは当然何も持っていないような者もいる。


あの地下を掘ったのは彼らだった。


ともすれば当然その道を通ったのだから彼らに遭遇したのだが、こちらの言葉は当然のように伝わらず、いきなり飛びかかってくるような奴らだった。


ネームレス曰く、彼らに知性はほぼないに等しく、雑食で、人間の男は食糧として、女は自分達の子を産ませるために使われるんだとか・・・。


そんなことを説明されたが、すぐに斬りかかれるほど俺は剣術に長けている訳でもないし、何より・・・人の形をしたものを斬るという行為が、とてもじゃないが出来なかった。


結果として、俺はネームレスに体を一時的に渡すという選択肢を取った。


つまりは逃げだ。


自分でその経験をしたくなかった俺は逃げたのだ。


ネームレスは(僅かだが魔力だ)と嬉々として変わってくれたが・・・。


だが所詮肉体は俺。


必死に目を背けようとしていたが、その光景が、感触が、匂いが残る。


結局、ネームレスから切り替わったその瞬間に俺は吐きそうになる。


だが、状況がそれを許してはくれない。


今いるここは長年かけて作られた言わばゴブリンの巣だ、当然奴らは次々にやってくる。


俺はずっと嘔吐感に堪えながら、もはや慣れろとでも言われんばかりに奴らを相手にしなくてはならなかった。


結局全てのゴブリンを倒す・・・いや、虐殺だな・・・し終えた後になると、もう嘔吐感なんて感じていられるような状態ではなかった。


そこに感じるのはただただ疲労と、そして奇妙な感情だけ。


初めて人の形をした生き物を殺したのだという感情に、自分の中で暗い、いやドス黒い感情が湧き立って、何もかも壊したい・・・そんな感情が芽生えそうになる。


涙は出ない。


あるのはただひたすらに自分が彼らを殺したという事実だけである。


そしてこの後のパターンもお決まりだ。


全てを殺した俺は最後に叫ぶのだ。


「う・・・・う・・・・うぅ・・・・」


そう、夢の俺は叫ぶ、大声で叫ぶのだ。そして悪夢から覚める。


「きゃあぁぁぁぁぁぁ」


そう・・・きゃあと・・・・・・ん?きゃあ?そんな可愛らしい声でないけど?


そう感じた時、一気に自身の意識が覚醒する。


瞼を開くと、ここ数日は見慣れた森の中だった。


すぐに周囲を見回すが特に変化はない。


「ネームレス、今悲鳴が聞こえなかったか?」


(うむ。あちらの方からだな)


問うとすぐに答えがあった。


どうやら寝ぼけたわけでも、聞き間違いと言う訳でもないようだ。


行くべきかどうか少し迷ったが、この数日道もわからず逃げるだけだった。


ここで起きた逃げる以外の変化が、自分にとって吉と出るか凶と出るか、だが何かが変わるだろうと祈りつつ、ジュナスは声のする方へ駆けるのだった。


ある程度森の中を走って移動すること十数分、おそらく声のしたであろう付近に到着した。


「ネームレス、本当にこの辺りなのか?」


ネームレスの案内の元、悲鳴らしきものがあったらしい場所の近くまで来たのだが、特に誰かいるわけでもない。


(うむ、声だけならば距離はわからぬであろうが、我は声が聞こえた時点でそちらに向けて意識を移し、魔力の距離を測ったからな。魔力ならば多少の誤差はあれど、それほど測り違える様なことはない)


「なるほどな(とはいえ特に何も見当たらない気もするが・・・)」


こいつはこと魔力の事に関しては、かなり突出した知識と執念のような変な拘りがある。


こいつがそういうという事はここで間違いはないのだろうが・・・。


と、ここでジュナスは過去に小説やゲームで気になって、ちょっと興味本位でネットで調べて知ったサバイバル知識モドキや、映画や動画、TVなどで見た追跡のシーンなどを思い出していた。


それによると人の出入りがあまりないような森の中では木の葉などは自然と落ちているし、草木も好き放題、伸び放題であるのが普通。


精々が獣道程度の道しか出来ておらず、実際ジュナスがここまで走ってきた道も、かなり草やら枝やらをネームレスで斬り払って通ってきていた。


だが、この場所には違和感を覚える。


足元を良く見てみると、木の葉が不自然に集まっていたり、逆になかったりしている個所がある。


更によく見れば土が一部むき出しになっており、うっすらとだが足跡も見える。


土の部分は足跡だけではなく、どうやら土を抉ったような後も見えることから、おそらくはここで争いがあったのは間違いなさそうだ。


足跡の数は全部でおそらく四種類。


内二種類は小さいことから子供である可能性が高い。


先程の悲鳴の声の持ち主であろうことが予測される。


他の二種類は明らかに大人のそれも男であろう。


サイズがかなり大きいところから女性という可能性はなくはないが低いと思う。


その足跡の先を視線で追ってみると、確かに獣道とは違う、人間が通れるくらいのサイズに草木が切り倒されている。


どうやらここからそちらに向かって移動したようだ。


と、ここまで思考をしていたところでネームレスから声が掛けられる。


(そのようなところで地面や周囲を見つめて何をしておる?)


「どうやらここが悲鳴の元の場所のようだ。」


(ほう、何故そのようなことが分かる?)


俺が此処で間違いないと自信をもって言ったことに興味が湧いたのか聞き返してきた。


「見ろ、明らかに争った跡のような地面。不自然に木枝を切り倒して出来た道だ」


(なるほど、なかなかの観察眼であるな)


ネームレスから感心するような声音が聞こえてきた。


まぁ、かなり暗いから普通じゃわからないよな、夜の森だし。


ネームレス様様って事なのかね?


「ちょっとかじった程度の知識だ。それよりあの方角だ。お前なら方角さえ分かればこの辺りに残っている魔力の残骸とかそんなので元に魔力の元を追う事も出来るんじゃないのか?」


よく小説とかである展開と、あとはここまで逃げる間に話していた内容、それと先ほど魔力で悲鳴の場所を示したという事から、そういうことも出来るんじゃ?と思って聞いてみた。


(無論である。調べるべき道と方角、魔力がわかればそれなりの距離が空いていようが追えよう。何せ我は・・・・)


「お前が凄いのは分かったからさっさと調べてくれ。悲鳴なんだから、手遅れにならないためにもな」


またネームレスの自分自慢が始まりそうだったので、それにすぐストップをかける。


森に逃げるまでにも何度もあったので流石にあしらい方がだいぶわかってきた。


(・・・・・・・・仕方あるまい・・・)


やや不満がありそうな声音だったが、確かに緊急な可能性があるからか、ひとまず納得をしてそういうとネームレスはすぐに魔力を調べる。


するとものの数十秒でネームレスから返答が来た。


(捕えたぞ。ここからおよそ十分程度、移動した先の場所で休息しているようだ。先程の魔力を持った者がいる)


なんだかんだ言ってやはり優秀な相棒である。


相手を補足したので一様そちらに向かいつつ問いかける。


「悲鳴を上げた魔力の源はどっちだ?大人の方か、それとも子供か?」


(この距離ではそこまではわからぬ。四つの反応があるのは間違いないが、どれもが集いすぎているため、どの者からの魔力かはわからぬが内一つはなかなかの大きさだ。我の力を取り戻すにはちょうど良い)


もしネームレスが人間だったら、ニヤリとあくどい笑みを浮かべているであろうことは間違いない。


「まぁ、相手が悪人だったらそれもやぶさかじゃないが、悪い相手じゃなかった時はちゃんと自重しろよ」


これまでの事もあるので、ネームレスのやることを全て否定するつもりはないが、だからといって誰でも何でもしていいとは思わない。


こう考えられるようになったのも全てオフィーリアのお陰だろう。


(・・・・・・・・・確約は出来ぬ・・・・・)


まさかの曖昧な返事!それ元の世界でよくあった「行けたら行く」とか言って絶対に来ない奴の遠回しの拒否と同じだろ!


「いや!確約しろし!なんで否定的なんだよ!力取り戻したいのは分かるが、それは追っ手相手とか、襲いかかってくる魔物相手で我慢しろ!」


(・・・・・・よかろう・・・・)


しぶしぶといった感じでだが、そういうとネームレスは大人しくなり静かになる。


ったく、こいつたまに思考が危ない方向に走るからな。


まぁちゃんと言う事聞いてくれている辺りまだマシなんだが、とりあえずさっき調べた場所に向かうか。


そう考えたジュナスは即座に、先ほどよりも更に早い速度で魔力を持った相手のいる場所へと向かった。

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