第27話
宮殿に着くと、ナラカはキーチャに、レイミンはカガニスに事情を話しに行った。俺はマヤーリエと二人で、部屋で待つ。
待っている間、考える。レイミンがカガニスに事の次第を知らせるのはわかる。でも、この大事な時にどうしてナラカはキーチャのところに行ったんだ?
考えてもわからないし、それに落ち着かない。部屋の中を、ぐるぐる歩く。
マヤーリエも落ち着かないのか、しきりにワンピース越しに太ももに手を当てている。ワンピースの下には、武器である長針が装備してある。ちゃんとあるとわかっていても、それの存在を確かめていないと不安なのだ。
部屋のドアが乱暴に開いた。ナラカと、箱を抱えたキーチャが駆け込んでくる。
「アケヤ! きがえます!」
キーチャが箱を開けた。中には見覚えのある服。この世界に来た時にすぐに着替えさせられた、グスタシオの衣装だ。
「グスタシオのけんをつかいますから、グスタシオのふくをきなければなりません」
「いや、別に服なんてどうでもいいでしょ」
「どうでもいいじゃないです! グスタシオのふくをきないと、けんがおもくてもてません!」
「そうなの?」
「はい!」
まさか、そんなシステムになっていたなんて。
「わかった。お願い」
ナラカとキーチャの二人がかりで、グスタシオの衣装を着せてもらう。
「このふくは、グスタシオがきていたふくです。ほんとうのふくです。アケヤじゃないひとがきても、グスタシオのけんがもてません。でも、アケヤがきたら、グスタシオのけんがもてます」
「そうなんだ……。知らなかったな」
この服は、グスタシオをイメージした衣装だとばかり思っていた。まさか本人が実際に着ていた服だったとは。
着替えが完了した。やけにひらひらした、炎のような赤い衣装。またこの姿になることがあるなんて、全然想像していなかった。
開きっぱなしだった入口から、カガニスとレイミンが入ってきた。続いて、衛兵二人が細長い箱を重そうに運んできて、柔らかい絨毯の上にドスンと置いた。
箱を開ける。
緋色の鞘に収められた、緋色の大剣。グスタシオの剣を、右手一本で箱から取り出す。そして、鞘から剣を引き抜いた。緋色の剣身が、姿を現す。
突然、部屋が揺れた。
「何だ? 地震か?」
「ワーンガーです!」
「なんだって!?」
揺れはさらに大きくなり、地鳴りが轟音となって響く。立っていられず、床に膝をついた。
一分ほど、続いただろうか。
ようやく揺れが収まり、地鳴りも消えた。
外の様子を見ようと、窓の外に目をやる。
「……………………っ!」
天を衝くほどの、巨大な黒い塊。
忘れるはずがない。神殿の深い深い地下で見た、檻に閉じ込められ、鎖で縛られていたはずの、あの怪物。
ワーンガーが、地上に出現していた。
とにかく、外に出ることにした。
「モイスは失敗したのか? 無事だといいけど……」
宮殿の正門から、外に出る。
神殿の地下にいたはずのワーンガーが、巨大な大通りに巨大な穴を開けて、その姿を地上に晒している。地下に行った時、神殿の敷地からははみ出しているように感じたけど、ここだったのか。建物を壊すことなく地上に出て来たのは、不幸中の幸いと言える。
体をびっしりと覆う、黒い鱗。太い尻尾に生え揃った鋭いとげ。その尻尾よりもさらに太い二本脚で立ち、その先には、何もかもを抉り取ってしまいそうな、鋭い爪。
見上げると、頭に生えた二本の大きな角を、二人が操縦桿のごとく掴んでいた。アマンキメツィとサンカロンギだ。
二人の手から、黒く光る帯が流れ出ている。呪文で構成されたその帯が、ワーンガーの体を縛っていた。
「ワーンガーのこころをうごかすまほうです。あのまほうがあると、ワーンガーはじぶんでうごけません」
空中に、網状の球が出現した。ちょうどワーンガーの頭の高さに、その頭ほどの大きさの球が二つ、左右に漂っている。
上空から大きな声。サンカロンギの声だ。声が発せられるのと同時に、左右の球に電流のような光が走る。あれはスピーカーだ。
「なんて言ってるんだ?」
「よくきけ。おれたちは、むかしグスタシオにまけた、かいぶつをつかうひとの……あー、こどものこどもの、ずっとこどもは、なんですか?」
普段は丁寧体で話しているナラカが「聞け」「俺」なんて使うからかなり凄みを感じたけど、結局いつものナラカだった。
「末裔、かな」
「はい! まつえいです!」
こうしてナラカが訳している間も、サンカロンギは話し続ける。
「いまはちょうどいいときですから、ワーンガーをつかって、ぜんぶこわします」
ワーンガーを覆う黒い帯が、さらに大量に流れ出す。
「カガニスも、モイスも、みんなころします。アケヤもころします。ヴァスヒューダをわたしたちのくににします」
「俺をソホロドの街の中で襲った黒い影も、昨日カガニスを襲ったのも、お前の仕業だな!」
いくら俺が上に向かって叫んでも、日本語じゃ伝わらない。ナラカもヴァーセ語で叫ぶ。
サンカロンギは俺達を見下ろし、答えた。
「はい、そうです。しっぱいしたのはざんねんでした。でも、きょうはせいこうしますから、いいです」
「どうしてわざわざ召喚しておいて殺そうとするんだ! 殺したいくらいなら、召喚しなければよかっただろう!」
サンカロンギが顔を歪めたのが、遠くからでもなんとなく見えた。
「よぶのをことわったら、わるいひとだとおもわれますから、ことわれませんでした」
こんな答えが来るとは思わなかった。俺を召喚するのはナワンが提案し、カガニスとモイスが承認して決まった。その後、実際に儀式を執り行ったのが、アマンキメツィとサンカロンギだ。国のトップの魔術師という立場上、怪しまれないためには指令を断れなかったのだ。
「でも、ほんとうはよびたくなかったですから、まほうじんをまちがえてかきました。たくさんまちがえましたからしっぱいするはずだったのに、ぜんぜんしらないせかいとつながって、アケヤがきてしまいました」
「…………は?」
俺は、そんなでたらめな召喚のされ方をしていたのか?
ずっと黙っていたアマンキメツィが、サンカロンギを手で制した。しゃべりすぎだ、ということか。俺達を見下ろしていたサンカロンギが、前に向き直す。
こっちも、戦う態勢を整えなければ。
「ナラカ、俺は、どうすればいいんだ?」
こんな奴ら、絶対に許すことはできない。
「わたしはわかりません! アケヤはグスタシオだったときをおもいだしてください!」
「できるわけないだろそんなの!」
「でも、いまのアケヤはグスタシオです!」
「無茶言うなって!」
低い咆哮が、俺とナラカの会話を終わらせた。
黒い魔法の帯に縛られたワーンガーが、激しく抵抗している。重低音で吠えながら上下左右に体をゆすり、必死にもがく。
ワーンガーの頭の上にいる二人も、振り落とされまいと必死に角にしがみついていた。
「メツィ! e<+ s?:q^a%o |]#!m |h%x+# :x}* a\;!」
「ロンギj^#*@?i」
二人の会話が、スピーカーから垂れ流される。
名前、そこで区切れるんだ、などと思っている場合ではない。
振り落とされないだけで精一杯なのか、ワーンガーを縛る黒い帯がだんだん薄くなっていく。
束縛が軽くなったワーンガーは、上半身を、首を、右から左へ限界まで振った。
その激しさに耐え切れず、二人の手が角から離れてしまった。宙を舞った二人の体が、建物の五階の壁に激突する。
黒い帯は、完全に消えた。
「アケヤ!」
モイスが息を切らして走ってきた。乱れた呼吸の合間の言葉を、ナラカが俺に伝える。
「すみません、しっぱいしました」
「今はいいから!」
制御不能になったワーンガーが、宮殿に向かって太い足を踏み出す。石畳を割り砕きながら、一歩、また一歩と、こちらに近づいてくる。
俺が、なんとかするしかない。王都ソホロドを、この国ヴァスヒューダを守れるのは、俺しかいない。
でも、どうやって? こんな怪物相手に、どうやって戦えばいいんだ?
俺には、伝説の英雄グスタシオの生まれ変わりだなんていう自覚は、全くない。本来はただの日本語教師だ。
それなのに、こんな時だけ、都合のいいことをお願いする。
グスタシオよ。この服に、この剣に、グスタシオの魂が宿っているのなら、どうか聞いてくれ。
俺を、導いてくれ。この街の、この国の、この世界の人々のために。
黒い巨大な怪物を、正面から見据える。
突然、視界が赤くなった。体全体が、炎のような光に包まれているのを感じる。服の各所から垂れ下がっている帯が、風もないのに浮き上がり、揺れている。
緋色の剣も、仄かに光っている。
ありがとう、グスタシオ。こんな空っぽの英雄もどきに、力を貸してくれて。
俺も、一歩、また一歩と、ワーンガーへと歩みを進める。
また、重低音。ワーンガーの咆哮が、俺の体を内蔵から揺さぶった。
その振動すら闘志に変えて、俺はさらに怪物に近づく。
あと一歩。お互いにあと一歩進めば、体がぶつかる。
その瞬間、俺は剣を振った。
緋色の光が、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます