第26話

 モイスとレイミンが住む屋敷は、宮殿のすぐ近くにある。

 レイミンの話によると、モイスは宮殿には行かず、屋敷の自室にこもって政務を行っているそうだ。ただ、宮殿との距離の近さもあって、それでも特に不都合はないらしい。

 今の俺達にとっても、それは都合がいい。場所は近いし、モイスが自室にいるということも確定できる。


「こちらです」

 レイミンの案内で、足音を立てないように注意しながら、モイスの部屋へと足を進める。

「モイス?」

 レイミンがドアをノックする。中からモイスの返事が聞こえた。

 振り向いたレイミンがうなずき、俺達もうなずく。

 レイミンの青白い手が、静かにドアノブを回す。

 ドアが開いた瞬間、俺達は部屋になだれ込んだ。持っていたボールを、モイスに投げつける。事態を飲み込めないモイスの体に、ボールが当たる。表面の薄い皮が破れ、中の粉末が飛び散った。

 ヴァーセ語で何かを言ってもがいているけど、お構いなしだ。次から次へと、ひたすらボールを投げつけた。粉末が煙となってモイスの体を覆う。そして、モイスの体に、その煙が吸収されていく。

 モイスの体が、ガクガクと震え出した。目の焦点は定まらず、口はだらしなく開いている。腕もだらりと下げ、背中を反らしたかと思えば猫背になったりを繰り返している。

「だ、大丈夫なのか? ナラカ、本当にこれでいいの?」

「はい、だいじょうぶです」

 やがて、モイスの体のあちこちから、灰色の煙がくすぶり出した。それと同時に、低い絶叫が部屋に響き渡る。

 猛獣のような、悪魔のような絶叫は、実際には一分もなかったはずだ。でも俺には、一体いつ終わるんだろうと思えるくらい、長く感じた。

 しばらくすると煙が出なくなり、モイスの絶叫も終わった。膝から崩れ落ちたモイスの体が、床に倒れ込む。

「モイス!」

 叫んだレイミンが、意識のないモイスに駆け寄った。

「だいじょうぶです。もうなおりました」

 ナラカが肩掛けカバンから札を取り出し、モイスに貼り付ける。札はモイスの体に沈み込み、消えていった。

 ナラカは次々と札を貼っていっては、モイスの体に吸収させていく。

 十枚を超えた辺りで、モイスの目がゆっくりと開いた。

「モイス! $c_^(, =\s*-c\ ^, :_w」

 体を起こしたモイスが、レイミンや俺達を見回す。

 ぼそっと、モイスが何かを言った。

「モイス!」

 レイミンがモイスに抱きつく。

「モイスは、何て言ったの?」

 ナラカの耳元で聞いた。

「わるいゆめをみていた、といいました」

 ナラカも俺の耳元で返した。


 ナラカは、キネがアマンキメツィのお使いで何を買ったのかを知るうちに、それが意味するものへとたどり着いた。

 何回かに分けて買われたそれらの薬は、調合と製法次第では精神を支配する薬の材料となりうる。そのことに、ナラカは気づいたのだ。買った時期がモイスがおかしくなった時期と重なっていたことも、決め手となった。

 マヤーリエのお父さんは、このことをナラカに指摘されても理解できなかった。この薬を作るには、かなり高度な技術だけでなく魔力も必要らしく、魔法の専門家ではないお父さんには知る由もなかった。だからお父さんは何も悪くないし、もちろんキネだってそうだ。

 ナラカはすぐに解毒剤の調合に取り掛かった。高純度に精製する道具はその場にはなかったし、持ち帰って作るにしても時間がかかるから、多少質は低くても量でなんとかすることにした。その結果が、あの大量のボールだったのだ。


「アマンキメツィとサンカロンギが、モイスのへやにきました。ドアをあけませんでしたから、きたことがわかりませんでした。くすりのけむりをすって、こころをぬすまれてしまいました」

 モイスの話を、ナラカが訳して伝える。

「どうしてあの二人は、こんなことを?」

「わかりません」

 モイス自身に心当たりがないとなると……。

「こうなったら、直接二人に聞いてみよう!」

「はい!」



 モイスも加わり、五人でアマンキメツィの家に行く。

 家は、神殿から近い場所だった。だから宮殿からも近いんだけど、裏門から行くのが最も近く、俺はそこにアマンキメツィの家があるのを知らなかった。

 古い街並みの中にある四階建ての建物が、その家だった。噂によると、実は地下の方がこの見えている部分よりも大きいらしい。

 ドアには、鍵がかかっていた。呼び鈴を鳴らすと、少し経ってドアが開いた。

 隙間から、キネが顔を覗かせた。

 マヤーリエが、二人に会いたいと話す。

「朝から神殿に行っているそうです」

 マヤーリエの日本語を、ナラカがモイスにヴァーセ語で伝えた。

 すると、モイスはヴァーセ語で何かを言い、無理やりドアを開けて中に入っていってしまった。

 こうなってしまったら、俺も続くしかない。キネに申し訳ないと思いつつ、モイスを追う。最後にマヤーリエがキネに何か言っていたけど、多分謝っていたんだろう。

 モイスは地下への階段を下りていく。

 噂通り、地下は広い。それに壁や天井が光っていて、全く暗くない。

 いくつもある部屋のドアを、モイスは片っ端から開けていく。もしかしたら、キネはウソを言わされていて、実は二人は中にいる、と考えているのかもしれない。

 しかし、誰もいない。何もない空っぽの部屋や、よくわからない道具が散らかっている部屋、机と椅子が置いてあるだけの部屋だったりで、アマンキメツィもサンカロンギも見つからない。

 地下二階、地下三階と、さらにドアを開けていく。やはり誰もいない。続けて地下四階。一体この家はどこまで地下があるのだろうか。

 ドアを開ける。部屋は広く、壁一面が本棚になっていた。これまでにはなかった部屋だ。そして大きなテーブルが二つ。テーブルは大きいのに、椅子がそれぞれに一つしかない。

 テーブルには乱雑に本が置かれ、積まれている。その中に、開きっぱなしの本が一冊。

 うっすら、青白い光を放っている。

 真っ先に、ナラカが駆け寄った。ページにサッと目を通し、さらに表紙を確認する。そして本のそばにあったコの字型の金具を手に取った。

「アケヤ、これはしんでんのほんです。かぎがかかっていましたが、あいています」

 神殿には書庫がある。その中には鍵がかかった本があるというのも、聞いたことがある。二人は解錠に成功していたのだ。

 開かれていたページを、ナラカが注意深く読み進めていく。

「モイス!」

 だいぶ焦った感じで、モイスを呼んだ。何かよくないことでも書いてあったのだろうか。

 ある部分に指を当てて、横に滑らせる。そこを読んだモイスが、顔をしかめる。そしてナラカに何かを言いながら、部屋を飛び出していった。

「アケヤ! モイスはしんでんにいきます。わたしたちはきゅうでんにいきます!」

「えっと、どうしたの? 急に」

「いそいでください! ここに、ワーンガーのおこしかたがかいてあります! アケヤがいても、ワーンガーをおこせます。おこせてしまいます!」

「……は?」

 事態が、うまく飲み込めない。

「アマンキメツィとサンカロンギは、ワーンガーのところにいったはずです。モイスはふたりにワーンガーをおこすのをやめさせます。でも、まにあうかどうかわかりません。ですから、アケヤはじゅんびしてください」

「準備って、何を」

「グスタシオのけんをつかうじゅんびです!」

「グスタシオの…………ええっ!?」

「アケヤ! はやくいきます!」

 何がなんだかわからないまま、走り出したナラカについて行った。

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