第14話

 行きは痛いほど空気が張り詰めていたのに、安心したからか帰りはなんだか和やかに感じる。上りの階段が延々続くのはきついけど、気持ちは今の方が楽だ。

「ところで、あの怪物を操っていたヤツがいたんだろ? あいつに乗っていた、悪い人。その人はどうなったの?」

「わるいひとですか? どこかにいきました。そのあとはわかりません」

「そうなんだ」

「はい」

 使役する生き物がいなければ、テイマーは何もできない。グスタシオが逃がしたのか、それとも逃げられてしまったのかはわからないけど、テイマーのその後がわかっていないということは、何もできなかったということなのだろう。


 地上に戻ってきた。

 カガニス、モイスの二人とは別れて、残った俺達はナワンに神殿内を案内してもらうことにした。

 全てが石造りの建物の中に、やはり石で作られた彫刻の像があちこちに飾られている。ナワンが案内しながらいろいろ話してくれるんだけど、だいぶ難しい話らしく、ナラカが翻訳に困っていた。難しい話ならどうせ聞いてもわからないし、翻訳しなくてもいいとナラカに伝えた。マヤーリエもナラカが日本語に訳さないとナワンの話を理解できないけど、話す言語が違っていて理解できなくても気にしないというのがこの世界の人達の習慣なので、特になんとも思っていないようだ。

 廊下を歩いていると、広い場所が見えてきた。ここは、確か……。

 その広い場所の中央に立つ。やっぱり、そうだ。

「ここは、俺が召喚された場所だ」

 あの時あった魔法陣は、今はない。ただの石の床だ。

 あれから一ヶ月か。あっという間だったな。

「あの時は、ナラカはまだ全然日本語を知らなかった。ナラカと話すことができなかったなんて、今考えるとなんだか不思議だな」

「はい。わたしは、アケヤがにほんごをおしえてあげて、にほんごをはなすことができますから、とてもうれしいです」

 一ヶ月でここまで話せるなんて、本当にナラカの日本語の上達スピードは驚異的だ。

 しかし、完璧ではない。

「ナラカ、『おしえてあげて』じゃない。『おしえてくれて』だよ」

「くれて! あー、くれてです! おしえてくれて!」


 授受表現は「あげる」「もらう」までなら理解は簡単だけど、「くれる」が加わると難しくなる。他にも上下関係からくる「やる」や「いただく」などがあり、全てを正しく使いこなすには、やはり慣れが必要だ。


「わたしのにほんごはわるいです。がんばります」

「大丈夫。ナラカは日本語がとてもよくできるよ」

「ほんとうですか? うれしいです!」

 一瞬落ち込んだナラカに、笑顔が戻った。

「わたしはナラカとはなします、あっ、はなせ、ますから、うれしいです」

「はい! わたしもうれしいです!」

 マヤーリエはヴァーセ語がわからないから、言葉が通じない状態で宮殿内で働いていた。でも今はナラカと日本語で会話ができる。マヤーリエにとっては、宮殿内の他の人と話せるということだけでも、うれしいのだ。


 そろそろ宮殿に帰ろうと思い、ナワンの案内で出口に向かって廊下を歩く。

 すると、向こうから見覚えのある二人がこちらに歩いて来るのが目に入った。

 褐色の肌に、銀眼銀髪の男女。

 俺をこの世界に召喚した、あの魔術師だ。

 この二人とは、一ヶ月前のあの時以来、会っていない。

 向こうも、こちらに気づいたようだ。

 男の方が、早足で近づいてきた。そして早口で、何かをまくし立てた。ナワンが穏やかに返すも、男はやはり早口で何かを言い続けている。随分自信たっぷりそうに話しているように見える。それなのに、なんだか軽く感じる。いわゆる意識高い系ってやつだ。こういうのは、言葉がわからなくても、なんとなく伝わってくる。

 女の方が後からゆっくり歩いて来て、男の肩を掴んだ。

 男が振り向くと、女は首を横に振った。

 男は話すのをやめ、あいさつをすると、女に連れて行かれるように立ち去って行った。

 確かあの時もそうだった。俺が召喚されてまだ魔法陣の上にいた時、男ばかりが一方的に話していて、女は聞いているだけだった。

「あの二人は、どういう人なの?」

「おんなのひとがアマンキメツィで、おとこのひとがサンカロンギです。あー、ふたりはいっしょにうまれました」

「双子なんだね。とても似ているから、なんとなくそう思っていたよ」

「なんですか? ふた……」

「ふたご」

 ふたご、ふたご……と呟きながら、ノートに書く。一ヶ月たった今も、変わっていない。

 双子と言っても男女だから、二卵性だ。それなのに似ていると感じるのは、普通のきょうだいとは違って、年の差がないからだろうか。

 それとも、この世界では、一卵性の男女の双子がありうるのだろうか?

 まあ、それは今はどうでもいい。

 それにしても、なんか、二人とも変わった名前だな。

「アマンキメツィとサンカロンギは、まほうをつかいます。とてもつよいです」

「それは、どのくらい強いの? ヴァスヒューダでいちばん強い?」

「はい! いちばんつよいです! まほうのちからがたくさんあります。まほうのべんきょうも、たくさんします。さっき、しんでんにたくさんまほうのほんがありますから、よみにいくといいました」

 神殿の書庫か。確かに魔法関係の本はたくさんありそうだ。

「しんでんのほんは、とてもふるいほんや、かぎをかけたほんがあります。かぎをかけたほんは、いまはよむことができません。でも、アマンキメツィとサンカロンギはがんばりますから、あとでよむことができるとおもいます」

 地球にいる俺を召喚したくらいだから、相当な力があることは認めざるを得ない。その上勉強熱心とくれば、ヴァスヒューダで最も魔法の実力があるというのもうなずける。さっきはただの意識高い系だと思ったけど、案外そうではないようだ。

 でも、もしかしたら、静かなアマンキメツィの方だけが実力者で、サンカロンギはそれほどでもないという可能性も、なんだか捨てきれないけど。

「わたしももっと、にほんごをべんきょうしたいです」

「わたしもべんきょうしたいです」

「じゃあ、これから勉強しようか」

 神殿の出口でナワンと別れ、俺達は宮殿の部屋に戻って勉強することにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る