第23話

 帰りの馬車は、重苦しい雰囲気になっていた。

 楽しかった旅行が終わってしまったから、ではない。

 レイミンが、モイスのことを全員に打ち明けたからだ。誰も信用するはずがないと思われていた話は、実際に自分たちが襲われたことで、そうではなくなっていた。

 カガニスとレイミンが、悲しみをぶつけ合うように何か話している。内容を知りたいけど、空気が重すぎて、ナラカに訳してくれと切り出せない。俺だけでなく、マヤーリエも一言も発さず、理解できないヴァーセ語の会話をただただ聞いていた。

 二人の気持ちを察してくれたのか、ナラカは二人に了承をとった上で、日本語で説明してくれた。

「2かげつくらいまえです。モイスが、『カガニスはおとうさんがおうでしたから、まだこどもですがおうになりました。でも、カガニスはしごとができません』といいました。それから、『わたしがおうになったほうがいいです。わたしのほうが、しごとができます。わたしがおうになれば、レイミンはおうのいもうとですから、いまよりいいせいかつができます』といいました」

「わたしは、いまのせいかつがいいです!」

 レイミンは俺にそう言った時だけ顔を上げて、またうつむいた。一瞬だけ、うっすらと涙を浮かべていたのが見えた。

「カガニスがいれば、モイスはおうになれませんから、モイスはカガニスをころしたいとおもいました。まず、カガニスにしごとをおしえるのをやめました。カガニスのしごとは、ぜんぶモイスがしました。カガニスはなにもしませんから、みんなはいらないひとだとおもいます。モイスはしごとをぜんぶしますから、だいじなひとだとおもいます。

 それから、カガニスをころします。カガニスはいらないひとですから、だれもかなしくないです。モイスはだいじなひとですから、おうになれば、みんなはうれしいです」

 そんな虫のいい話が、あっていいはずがない。そんなに簡単に、人の心が変わるものか? 現に、ベーンの領主は全力でカガニスを助けてくれたじゃないか。もし領主がモイス側に付いているのなら、あのまま見捨てていたってよかったはずだ。それどころか、モイスと結託して、ベーンに来たその日のうちに暗殺してしまうことだって不可能じゃなかっただろう。

「もし、カガニスをころせなかったら、ワーンガーをおこします。ワーンガーをうごいて、うごいて……」

「うごかして?」

 俺は手を左右に振ったり上げ下げしたりして「うごきます」と言った後、隣に座っているナラカの手を持って「うごかします」と言いながら同じ動きをした。本当は「操って」が適切な表現だけど、ナラカが「動いて」を使ったので、ここは「動かして」でいい。

「はい。うごかします。ワーンガーをうごかして、ソホロドをこわして、カガニスをころします。それからモイスがソホロドをなおせば、モイスがワーンガーをうごかしたのはだれもしりませんから、みんなはモイスがソホロドをなおしてくれたいいひとだとおもいます」

 結構、具体的な計画だ。どうやらモイスは本気で王になるつもりらしい。

 うつむいたままのレイミンが、弱々しく話す。

「わたしはモイスに、アケヤを……みたい? ナラカ、みたいy+[^+I %>) k(y^+&」

「d'=<?;bみたい$-h s% >",%h#<, しらべたい」

「しらべたい?」

「はい、しらべたい」

「モイスに、アケヤをしらべたいですから、アケヤにあいますといいました。モイスに、ほんとうじゃないをいいました。ほんとうは、にほんごをおぼえて、アケヤにいいたいとおもいました」

 俺のことを調査したいからという口実を作ってまで、俺に近づいてくれていたのか。モイスの野望に下手に反対すれば、レイミン自身も危険な目に合うかもしれない。だから、兄の暴走を止めるためには、兄を騙さなければならなかったんだ。

 それも全部、兄を思うがゆえだ。俺が想像できないほどつらい思いをしてきただろうし、今だってしているはずだ。心にしまっていたものを打ち明けたからといって、そんな簡単に開放されるものでもないだろう。

 レイミンの隣に座っているカガニスも、ずっとうつむいたままだ。

「カガニスも……、その……、悲しいよな」

 とてもじゃないけど、安易に「元気出せよ」とか「頑張れ」とか言えるはずがない。

「でもさ、俺、思うんだけど」

 昨日から疑問に思っていたことを、言うことにした。

「モイスより前から、悪い人、いたよね?」

 視線が俺に集まる。

「俺も襲われたことがあるけどさ、その時はまだモイスは悪くなってなかったから、モイスじゃない人に襲われたと思うんだ。昨日だって、本当にモイスがやったのかな? だってモイスはソホロドにいるでしょ? それに、モイスは、あの黒い影の魔物を使えるの? レイミン、モイスは、魔法が使えますか?」

「……つかえません」

 うつむいたままだったレイミンが、顔を上げた。

「でも、さいきん、アマンキメツィと、サンカロンギと、たくさんあいますから、まほうをべんきょうするとおもいます」

「あの二人が? 最近は、いつですか? モイスが悪い人になった時ですか?」

「はい」

「どこで会いますか? うちで?」

「うちであいます。ドアをあけません。でも、まほうでうちのなかにきますから、いつきましたは、わたしはわかりません」

 テレポートのような魔法が使えるってことか。ずいぶん怪しいな。

「じゃあ、本当はモイスじゃなくて、アマンキメツィとサンカロンギが悪い人かもしれないよ。魔法でレイミンの家に行けるのなら、ベーンにも魔法で行けるかもしれない。もしかしたら、昨日二人はベーンにいたのかも」

 まだモイスがおかしくなっていない時期に俺が襲われたのも、この二人が犯人だとしたら都合はつく。

「アケヤ、でも」

今にも消えそうなレイミンの声と違って、ナラカの声は大きい。

「アマンキメツィとサンカロンギが、アケヤをヴァスヒューダによびました。どうしてわるいですか?」

「それは……」

 わざわざ召喚しておいて殺そうとするのは、確かに不自然だ。理由が見つからない。

「でも、俺を呼ぶと決めたのは、ナワンなんだよね?」

 ナラカのおじいさんである歴史学者のナワンが、歴史書の記述を元に俺を召喚することを決めたというのは、以前ナラカから聞いた話だ。

「はい。おじいさんがれきしのほんをよんで、よびましょうといいました。それから、カガニスとモイスがきめました」

 ナラカはカガニスに確認を取った。うつむいていたカガニスが顔を上げ、俺を見てうなずく。

「アマンキメツィとサンカロンギはヴァスヒューダでいちばんいいまじゅつしですから、アケヤをよび、よび……あー、よばせました。アマンキメツィは、できないかもしれませんががんばりますといったそうです。でも、がんばったら、アケヤがきました」

 姉弟で言ったんじゃなくて、アマンキメツィが言ったのか。でも、双子とはいえ姉のアマンキメツィが主導して弟のサンカロンギが従うというのを見てきているから、納得はいく。

 とにかく、この二人が俺を召喚するのに力を尽くしたのは間違いなさそうだ。俺がいるのが邪魔なのであれば、そんなことはしなかっただろう。召喚しようとしたが無理だった、ということにしておけばよかったはずだ。


 結局、誰が俺達をこんな目に合わせているのか、モイスは本当に悪人なのか、考えても考えても答えは出なかった。心に黒い雲を漂わせたまま、俺達はソホロドに帰った。

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